first episode(3):狂える王とデーモンロード・マルバスの契約が遂げられた日/インカーネイト・ダークウィル
あいにく、私がラスボスの存在をほのめかしたあとは、それほど話し合う時間に恵まれなかった。
わざわざ食卓にいくのに一時間半もかけて服を選んだり、信じられないほど豪華な料理をたっぷり一時間かけて食べたり、やたら大量のメイドに二時間もかけて身体を洗われたり、その後一時間かけて私の持つどの服よりも豪華な寝間着を選ばされたりと、そんな目に遭ったからだ。
……取り敢えず脱出のリミットが短いことはわかったな。よし。
「恐らく、二十三時半ごろだと」
お姉様が言う。
その時間の意味するところは、王の襲撃時間だ。
「もう十五分もないじゃないですか……」
現在時刻は23:17だった。ステータス画面は有能。
準備は……魔法職って、どんな格好でも最低限戦えるのがいいよね!
「そうだね。あ、化粧水使う?」
そう言うお姉様は、寝る前だというに、鏡台の前で長い髪を繕っていた。うん、様になるな。眼福。
しかし、この姫、本当に元男か? あの一連の告白は、もしやこのおちんぽ姫が私におちんぽをつけたいだけの小芝居だったのではないだろうか。
私は今ではそんな陰謀論を疑っていた。
とはいえ。
「あるんですね」
なんかしばらくぶりにその単語を聞いた気がする。
「村娘には縁のないものだったのかもしれませんが、貴族の間では。フィアもせっかく下地は良いのですから、もう少しそういったことを気にされては?」
このアマ!……いや、からかってるんだろうけど。
「それよりも、武装はいいの? 私は魔法の心得の一つぐらいあるけれど、お姉様は前衛職でしょう」
昔からそういう傾向だったし、だから今回もそう設定した。
たぶん今回の戦いには勝てないだろうが、戦いは経験しておいたほうがいい。
「下手な鎧よりもこのドレスのほうが魔力の護りもあるし、それに、剣ならそこに」
そういって、お姉様が壁に飾られている剣を指す。
そこからおもむろにその手を開くと、剣はひとりでに飛んでいき手元に収まった。……王族ってすごい。
それから、ね? とでも言いたげな顔で私を見て、お姉様が剣を戻した。
考えてみれば、王族の武器が市販品並みってほうがおかしいものなあ。うんうん。
そう強引に納得していると、コンコンと扉を叩く音がした。
もう来たのか!
だが、声を聞いて警戒を解く。
「姫様、それにフィア様も。替えの飲み物をお持ちしましたゆえ、扉をお開けください」
メイドの一人だ。まだ名前を覚えてないが。
彼女たちは、話し合いを終えて服を選んだりし始めた頃からちょくちょく部屋に現れていた。
「ありがとう、ティエラ。今開けますね」
そう言い、お姫様モードになったお姉様が扉を開ける。
だがしかし、そのメイドが部屋に入ってくることはなかった――
鈍い音がして、数瞬あと、グラスの割れる音と金属の滑る音が聞こえる。
「このようなときに客人にメイドとは。不幸な奴らよ……」
しわがれた声が言った。
幸い、そのあとに生々しい音はしなかった。代わりに炸裂音がしたことを気にしなければ幸いともっと確信をもって幸いと言えたのに!
目の前を聖剣(仮称)が通りすぎていき、空中を翻りながらお姉様が部屋の中央に着地する。
お、強そうだぞ。これ意外と勝てるんじゃないか?
その予感が持ったのは、部屋の奥の王を視認するまでだった。
「リリーシア。無駄な抵抗をするな」
獅子の頭、漆黒の肌。人外と一目でわかる巨躯。携える魔剣は、並みの人間であれば両手でも持てないだろう。
その巨体は、実際この部屋の枠組みを破壊して部屋に上がり込んだ。そういった所作が、なおさら相手を巨大に見せる。
威圧感に身がすくんでいた。……魔王だって邪神だって倒したことはあるのに!
「……お父様」
お姉様が言う。
やはり、これと戦わないといけないのか。違うといって欲しかった。
王と目が合う。
「イ、
ほとんど本能的に攻撃の呪文を叫ぶ。王へと飛ぶ灼熱の槍は、しかし、視界を染める漆黒の衝撃波で掻き消される。
……それが魔剣の一撃であることを暫し遅れて理解した。
王のしわがれた声が告げる。
「哀れな奴よ。今日、我が娘に関わらなければ死ぬこともなかった」
その一言で、私が死を迎えていることを知る。魔術ごと、私自身も斬られたのだ。
こうして認知が続いているのは、単に霊体モードに移行したためだろう。私の死体は実際消し飛んでいた。
お姉様が声ならぬ叫びを上げて大上段に飛び上がり、王に聖剣を振り下ろす。
飛び方からすると、どうやら私への攻撃の余波で片足を痛めてしまっていたらしい。その出血が、アークを描いていた……痛ましい光景だった。
王は魔剣を横に薙ぎ、結果として、お姉様は片腕を失い気絶し、聖剣は砕け散った。
「相変わらずか弱いな、我が娘よ」
これ以上見たくなかったが、私はこの後をこそ見届けなければならない。やむを得ず、私は王の後についていった。
隠れる気がないのか、王は堂々と血を流し続けるお姉様を引き摺りながら玉座を通り、目にした相手を片端から斬り伏せながら地下へと向かった。
……地下とはいえよくこんなあからさまな邪悪な感じのものがあることに今まで誰も気にしなかったな。
祭壇はそんな感想が漏れるほどには邪悪そのものだった。
王はお姉様の身体を無造作にその上に放り投げる。
それから王は狂気めいた声でほとんど悲鳴をあげるようにこうのたまった。
「おお、我が主マルバス! 今ここに生け贄を捧げます。暗黒の契約に基づき、あなた様のお力を授け下さい。マルバス、我が主よ!」
どうやら、王は完全にマルバスに狂信しているようだった。
這うようにして祭壇に近づき、その間何度もマルバスの名を呼び、最後は祭壇に垂れかかりほとんどすすり泣くように呼んだ。
四方の燭台から闇が滴り、それが徐々に魔法陣を描きだした。
それが形をなした瞬間、ふっと光が掻き消え、それから嫌な音が鳴り響きだした。
黒い塊が宙に浮かんでおり、それがタール状の黒のまま人型になり、頭だけライオンの姿をしていた。
身体は女性であり、胸はいささか下品で……って、あの身体、お姉様じゃん。それに、頭は王様。
それの腹部が急速に膨れ上がり、ぼとりと何かを落としてへこんだ。なんか想像以上にえぐいんですけど!
落ちたのは裸の男だった。
偉丈夫で、顔は整っているのだが、全体的に衰弱した感じがあり、瞳は焦点が合っていなかったため、気味の悪さが勝った。
なお、嫌な音は今もなっている。
「おお、あなた様がマルバス、我が主なのですか」
男が言う。
「左様。贄が持つ間は、汝の問いに答えよう。ただし、違えれば汝の魂を貰う」
マルバスの声は、男とも女とも聞こえた。
「我が妻の、ヒルダの受けた呪いより、彼女を醒ます手段を!」
男は、王であるようだった。
……まあ、あれ人間の容姿じゃないよな。
「それを求めてどうなる?」
マルバスが問う。嫌な音は強くなっていた。
「どう、とは?」
王が困惑したように言う。
「忘れたのか。まあよい。三日、その者の血を引くものが一つの食事もとらず傍に寄り添えば、あれは治る。そういう対抗魔術を我が作った」
王夫妻は一人娘しか持たない。それはお姉様であり、今しがた生け贄となった人だ。音はますます強くなっていた。
「血を引く……、おお、それでは!」
王の顔が歪む。
それに対して、マルバスは笑っていた。
「しかし、汝も酔狂よな。そもそも、始めに我より、我にその術を授けるに足る対価を聞いた時に、あの女の魂を我に捧げたではないか!」
嫌な音が聞こえなくなっていき、止んだ。
「わ、私はお前をかつても呼んだのか……?」
音は止んでいた。
マルバスは答えなかった。
マルバスは王に飛びかかり、その身体は液体状となって王の身体を包み、取り込んだ。
後に、最初にみた王だけが立っていた。
「おろかな奴よ。あのときもこうして契約を違え、かつては身体を頂いた。そして今回は魂を……。我、降臨せり」
そして、黒き獅子の姿をした王――マルバスに他ならない――は、高笑いをしながら地上へと出ていく。
と、こうしている場合じゃない!
贄が持つ間、とマルバスは言った。
だとすればお姉様もまた、もうすでに霊体になっているはずだ。
キョロキョロと視線を動かし、姿を探す。
すると、後ろから叩かれた。
なんだかとても不機嫌そうだ。
「フィア。……やっぱりあとで、全てが片付いたら貴女には生やしてもらいますから」
そういうお姉様は、自身の腹部を撫でていた。
……それって、そういうことなんでしょうか。
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