first episode(2):神魔転承/インカーネイト・デモンレルムス

「えー、はい。お姉様のほうの事情はわかりました。確かに急を要することですね」

 まとめるとこうだ。

 この国の王妃はある悪魔の呪いにより永遠の眠りについていた。それがもう十年も前のことだ。

 この呪いを解くため、王は秘密裏に闇の魔術に手を出し、別の悪魔――大総裁の階級を持ち、疫病を司る悪魔マルバスを召喚するつもりらしい。

 そのための生け贄として召喚者に関わりの深い齢十六より月齢一つを数えぬ乙女の血を朔の夜に祭壇に捧げる必要があり、その生け贄こそ他ならぬお姉様である、と。

「なにせ、今夜がその朔の夜――新月だしね。だから本当に間一髪というか。……一番のそれはなんでフィアがこんなハードな展開にしたのかだけど」

 昔、ダークなゲームも好きだが転生するならもっと平和なのがいいと話しあったことがある。そりゃそうだ。さすがに選択肢ひとつ間違えば破滅まっしぐらとか、勘弁したい。

 だから、確かにそういった世界にしたはずだ。

 そこまで考えて、一つ思い至った。

「……そもそもマルバス自体、私の設定したNPCじゃないですね。多分、自動補完プログラムが作り出したものです」

 続ける。

「えっとですね。私は確かに指定できるパラメータは昔語り合ったようなほのぼのとしたそれで指定しました。さながら某錬金術ゲーです。なんなら仮に永遠に旅を続けても、食用の果実は十分すぎるほどありますし、色々なマジックアイテムもありますから困ることは有りません。それぐらいの緩さです。

 ……ですが、そもそも指定可能領域だけで世界を構成できるわけではありません」

 データを用意するというのは手間がかかる。

 世界一本分のデータを設定しきるほどの労力は私にはない。

「わかるよ」

 お姉様はそう言った。話を続ける。

「なので、それを補完するために私は128器からなる人工知能群A.N.I.M.A.を造り、普遍的無意識を人工的に実現することで世界のほとんどを補完するという方法を取りました」

 普遍的無意識は否定された学説だが、何もあの世界の物理に素直にしたがってやる必要はない。

 それこそ、昔どこかのアニメ映画でやってたような『意識が互いに認知しあうことで存在を承認する』というやつだ。

 A.N.I.M.A.はそれぞれ性格の微妙に違う128パターンの意識としてそれをエミュレートする。

「うん。その中二病まっさかりなネーミングはおいといて、なんとなくわかるよ。伊達にデモムス追ってきた訳じゃないからね」

 デモムス……『デモンレルムス』シリーズは基本的に現代から近未来を舞台としたオカルトや陰謀論、都市伝説などを絡めて扱うシリーズで、二十世紀末頃に登場した似たような作品のフォロワータイトルだ。

 やはりそういった作品にありがちなことに、テクノロジー系のテーマは少なくなく、ファンは妙にその手のSci-fiめいたことに詳しくなる傾向があった。

 続ける。

「さて、私がいくら天才だといっても限界がありますから、そのブレーンネットワークの基礎は手近にあった私の脳をモデルにしていますし、さらに言えば、A.N.I.M.A.のネットワークはそれで足りない分をエンドユーザ――つまり我々ですね――我々の意識データを観測して学習・補完しオプティマイズされるようになってます。こうすることで手間を押さえながらも、我々の好みの傾向を反映した世界に自然となっていくという仕組みなわけです」

 私は一旦ここで言葉を切り、お姉様に問いかける。

「ここで問題です。お姉様がもっともやりこんだゲームシリーズの一つであり、私にとって一番思い出深いVMMOを含むあのシリーズと言えば?」

 もちろん答えは知っている。

「……神魔転承デモンレルムス」

 正解。

「では、そんな私たちの愛したデモンレルムスの作風と言えばどんなでしょう」

 これも知っていることだ。

「重い、えぐい、難易度高い、東京とアメリカはとりあえず死ぬ」

 正解。

 まあ、東京とアメリカが死ぬのは陰謀論の基本な気もする。

「ところで、先ほどほのぼのゲーの例に出したあのシリーズ。あれの裏設定って、結構えぐいんですよね。ウロボロスとかほとんどデモムスそのものです。もちろんリスペクトしました!」

 具体的に言うと、錬金術による過剰な発展と無限のエントロピーの増幅による宇宙の崩壊を防ぐために、定期的に文明を白紙に戻すというのが、その件のシリーズのウロボロスの設定だ。

 ここで、お姉様がポツリと言った。

「……私、デモムスのとこのオデッセイのほうもファンなんだよね。あのファンタジー版デモムスみたいなwizライクのやつ」

 昔、VR版のマルチ対応初代リメイクを一緒にやったことがある。体感的にはデモムスより難易度が高いやつだ。

 そういえば未だに隠しボス倒してなかったな……。倒してから転生すれば良かった。

 ともかく。

「まあ、つまり私たちの傾向をA.N.I.M.A.が学習し参考にする以上、設定してない部分はそういうものだと覚悟したほうがいいですね。盲点でした」

 結局、は異世界転生しただけではイージーモードにはならないと言うことだ。ああ、これだからリアルは!

「ここで、さらに申し上げなければならないことがあります」

 ここで告げたくはないが、言わねばならない。

「何?」

 お姉様も覚悟した顔だ。

「私、異世界転生ものでも極端に俺tueeeeee!!ってやつ嫌いなんですよね。何だか、結局転生した先がその主人公の世界になったって感じがなくてゲームの延長線上みたいですし、あれってアンフェアじゃないですか」

 まあ、どうしてもバグの心配はあったからデバッグコマンドはいれたけど。なんか無効化されてるしなあ。

「わかるけど、今聞きたい情報じゃなかったかなあ、それ」

 でしょうね。

「単刀直入に言いましょう。私たちには主人公特権がありますが、それだけです。ステータスコマンドを開いて、メールや一般的なステータス画面らしいことは行えますが、それ以外の私たちの権限は特別にこの世界のバランスを逸脱するものではありません。まあ、『普通の人』よりはましですけどね」

 要するに、ゲームのプレイヤーキャラ相応。

 ……まあ、初期ステータスだし、マルバス相手には勝てないな!

 本題に戻る。

「これらの特権については後程細かく説明しますが、今言いたいのはここだけです。セーブはこまめにとりましょう」

 ようやく言えた。

 ここが言いたかったのだ。

 お姉様が肩をつかんでマジなトーンで言う。

「よし、とりあえず今すぐセーブしようか」

 とりあえずセーブ。

 高難度ゲームなら、鉄則だ。


「……このように、私たちが何らかのイベントに巻き込まれていない場合なら、セーブオブジェクトをインベントリから展開して設置できます。前時代的で申し訳ないんですが、手続きに少々時間がかかるので、セーブ受付までに30秒、そこからセーブを完了するのに1分近い時間がかかります」

 セーブオブジェクトはサーフボード大の大きさで、クリアカラーをした板のようなデザインをしている。現在、赤く発光している中央の発光体がオレンジになればセーブ可能のサインであり、ユーザ二人がこれの所定の位置に手を押し当てることによりセーブを行うことが出来る。青になれば完了だ。

 細かい設定はタブレットのようにタッチ操作でき、そこからセーブスロットも自由に選択できる。

 ちなみに、私たち以外には不可視だ。

「……何らかのイベント?」

 お姉様が聞いた。発光体がオレンジになったので、セーブを開始する。

「一番主なものは戦闘ですね。まあ、戦闘中に一分も隙をさらせばたぶん死にますからどのみち関係ないことではあります。他にも内部値で負荷の値を見てイベント中かどうか判断するんですが……、まあ、要するにこうして二人で落ち着いて話が出来る状況でなければ、だいたいイベントと判断されます」

 逆に言えば、それら条件を満たせば特に制限はない。

 いつでもしたいときに出来る。

 さて、そんなことを話している内に、セーブが完了したようだ。私は次のプランを話す。

「それで、セーブもしたことですし……一回負けシナリオ見ましょうか、お姉様。色々と説明したいこともありますし」

 ノーコンテニュークリアは諦めている。

 そもそもクリアとはなんなのか知らないが、ここでマルバスの生け贄になるのはクリアではないのは違いなかった。

「……それってこのままここで、お父様が襲ってくるのを待つってこと?」

 そうだ。誠に申し訳ない。

「はい。ぶっちゃけですね、A.N.I.M.A.の奴、暴走してると思います。マルバスのような危険な存在を勝手に作れるほどの権限は持ってないはずなんですが、どうにかしたみたいです。それで私の権限も取り上げられた訳ですね」

 人工知能は暴走する。定番だ。

「あ、もちろん対策はしましたよ? ただ向こうのほうが上手うわてだっただけで」

 対策は効かない。これも定番だ。

「転生した以上私たちもこの世界の存在なんだから、デバッグ権限は認められないって言い分なんでしょうね。デベロッパーじゃなくてユーザですから。まあ、私とてバグの心配さえなければそんな権限いれませんでした」

 私たちは第二の生を始めた。

 これは私フィアとお姉様リリーシアの世界なのだ。

 あっちの世界の二人のではない。

「とはいえ、悪魔デーモンが世界に蔓延るのはやはり危険ですし、私たちの好きな展開ではあっても、私たちのしたかった異世界転生ではありません。それに、やっぱりA.N.I.M.A.がここまでの権限を持っているのはバグです」

 具体的には、もう少し安全にしたい。

 半分が優しさになるくらいには。

「ですからこそ、A.N.I.M.A.がどれほどの権限を持っているか、私たちは知らねばなりません。どこまでこの世界が、ダークな方面に落ちてしまったのか」

 そのために、一度影響のほどを見る。

 マルバスなど、氷山の一角に過ぎないかもしれないのだから。

「……開発者いわく、思ったより深刻ってことか。わかった、覚悟を決める。せっかくの異世界転生だし、最高のそれにしたいもんね」

 お姉様が言う。

 ……その通り、状況は芳しくない。明確にA.N.I.M.A.が敵対的なわけではないが、今の状況では、善意で世界終焉シナリオとかやりかねないのだから。権限よりもむしろ思考が怖い。

 とはいえ、全く絶望的でもない。

「幸い、天上界へと昇り、エ・テメン・アン・キからさらにその上を目指せばA.N.I.M.A.と接触できるはずです。もし抵抗されても、倒せば言うことを聞きます。そこはA.N.I.M.A.も改竄できてないはずですから。そうなればデバッグも取り戻すことが出来ます」

 A.N.I.M.A.はこの世界の神にも等しいが、それとて、所詮だ。

 全能じゃないし、なら倒せる。

 デモムスベースならなおのこと!

「……要するに、やたら高い塔に登ってでっかい顔を殴る、いつものデモムスなわけだ」

 どうせA.N.I.M.A.の外見はモノトーンの顔面なんでしょとばかりの顔でお姉様が言う。そうだが。

 だから、こう答えるしかなかった。

「誠に遺憾ながら、その通りでございます」

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