first episode:村娘フィアと姫君リリーシアの、運命の動き始めた日/インカーネイティング・リーンカーネイション

 さて、ニーナローカのしがない町娘フィアの話をしよう。

 彼女には、幼い頃から魔法の才能があった。それを見出だしたのは魔法薬を売り生計を立てて暮らすマルグリットで、彼女はフィアの魔術の師でもあった。

 普通の両親の元で育った彼女は、家業を継ぐか、魔術の店を始め薬をつくって暮らすかが目下最大の悩みの、ありきたりな少女であった。

 だが、十二の頃より奇怪な夢に頭を悩ませるようになり、それを誰にも言えぬまま、やがて身体が成長しきる頃に自分が何者かを思い出した。

 自分は二十一世紀後期の黄昏からこの世界に異世界転生を果たした転生者だったのだ。計画は成功した。

 私はその年月を夢で追体験していた。

 母フィオナが私が病気の時にすりおろしてくれたアッフェの実の味も、父テオドールの不器用な愛も、妹エレシアの愛らしい贈り物を受けたときの暖かな気持ちも私のものであり、私がフィアであり、私こそが他の誰でもないフィアであるのに違いなかった。

 元よりそのためのフィードバックの冗長さだ。この世界に適用できるようの措置としてこのを設けた。おかげで、どちらも自分と認識できる。

 あとは、お姉様だ。お姉様も私と同じ頃に目覚めているはず。

 リリーシアという名にはフィアにも、つまり思い出す前の私にも聞き覚えがあった。このニーナローカの街を含む一体の王国、メリアボラスの姫の名だ。

 転生者としての特権として用意した『デモンレルムス』風のステータスを呼び出して確認し、確かに姫が私のお姉様であることを確かめる。

 ……どうやって取り入ろう。


 結論から言えば、そのわずか二日後に迎えが来た。

 困惑して、とりあえずステータスを開いてみたらいるのがわかったから使者を送ったとのことらしい。

 その旨が、ステータスのメールに届いていた。

 表向きは『神託によりリリーシア姫の運命に大きな影響を与え、唯一無二の理解者にして生涯の伴となる人物であると告げられた』、だそうだ。

 お姉様、これってプロポーズと受け取っていいんですかね。

 さて、その使者はいざ実際に見ると信じられないほどの立派な馬車に私を載せ、ドナドナと揺らしながら私を城へと運んだ。

 勿論、これらは村娘のフィアにも、その家族にもどうこうできることではなかった。抵抗する意味もないため、構わないことではあったが。

 だが、もう二日かけて城に向かう間には、私は囚人と食客の違いについて考えざるを得なかった。

 豪華な食事や召し物をほとんど餌のように与えられ、何をするにも時間を限られ窮屈な思いをするというのは、果たしてどちらなのか。あるいは、姫や貴族の娘という生き物は、こういう不自由な暮らしをするものなのか?

 その結論はついぞ出なかった。私は貴族に詳しくない。

 ほとんど連行されるように、私は玉座の間へと通された。

「姫、連れて参りました!」

 使者が言う。この時、私はゲームとかでよくみる風にひれ伏していた。場の流れと言うやつもあったし、無礼な態度を働いて兵士に斬られたりしては敵わない。なお、この国の王と王妃は現在、事情は知らないが不在であり、そのために一人娘であるリリーシア姫が一人で玉座に控えているというわけだ。

「……その者はわたくしの客人であり、また、神託による我が一生の伴となる人でもあります。丁重に扱うよう、頼んだはずですが」

 頭上から凛と響いたリリーシアお姉様の声は、まさしく姫の名にふさわしい気品と美しさを備えたものだった。

 考えてみれば、お姉様の声を聞くのはこれが始めてだ。お姉様はいつもテキストチャットの人だった。

 ……ひょっとして大それたことしたかな。

 そんなことを考える。

 お姉様が続ける。

「フィア。顔を上げて下さい。神託は貴女にも届いたでしょう? 私と貴女は、本来、対等なのですよ」

 そう言い、お姉様がかつかつと近づいてきて、自らの手で私を立たせた。

 十数年ぶりのお姉様は、息を呑むほど美しかった。

 やはり胸だけはいささか下品なきらいがあったが、スラリとした銀の髪を腰まで伸ばしたその姿は長身もあいまってことに麗しく、それでいてどこか幼さを残すその姿は全体的に美形の多いこの世界においても最高の位置に属するものだ。

 ……私もまあ、村一番と呼ばれる程度には容姿は優れていたが。

 ああ、うん。もちろん盛った。当然だ。

 転生先でオーク顔とか呼ばれる趣味は私にはない。

 さて、その御手自らで私を立ち上がらせたお姉様が次にしたことは、私を抱き寄せることだった。

 やっぱりプロポーズだったんですね!

「私が自分の運命に目覚めて以来、ずっと貴女を探していました。ああ、フィア。我が最大の理解者たる唯一の人。ようやく会えました。これからも、私と伴に在ってくれますね?」

 うん、やっぱりそうだ。

 これで違うと言われるなんてない。

「はい……」

 惚けたように承諾の声が漏れる。

 もっとはっきりしたかったが、それが限界だった。

「ええ、こちらこそ。私をよろしくね、フィア」

 喜色ばんだ声でお姉様が返事をする。

 それから、こう続けた。

「さあ、私はこれから、このフィアといくらかの話をせねばなりません。ここでは話しづらいゆえ彼女を私の部屋へと連れていきますが、その間、誰も私の部屋や、不在となるこの玉座に通さぬよう」


 さて、玉座の裏より上がって通されたリリーシア姫の自室は、その肩書きに相応しく整っていた。

 過度に華美にならず、清楚で、高貴。

 映画などでは何度かこれに近い部屋を見たことがあるが、やはりは違う。

 しばし見惚れていると、後ろからガチャリ、と音がした。

 ……ガチャリ?

 それからお姉様が大股で近づいてきて、いきなり私の頬をビンタする。あ、これアニメでたまにお嬢様キャラがやるやつだ!

 そして、お姉様が言う。

「今のは、私のお……、おちんぽの仇です!」

 じんじんとした痛みを感じながら、私は言葉の意味を考える。……おちんぽ?

「お姉様、男だったんです?」

 もしかして、男のほうが良かったのだろうか。

 うーん、でも。お姉様って男性キャラ使わなかったしなあ。

 それとも、その身体に棒だけつけたほうが?

「失礼な。姫は生まれたときから女です。皆も知っておりますし、この身体も誇っております! ただ、前世、ついぞ使われることのなかったあれがあまりに不憫で……」

 まあ、私のも使ったことなかったし。

 処女信仰も永遠じゃない。処女とは乙女なのだから。

 それに転生は不可逆だから、逆にあったほうが不味い……というのはお姉様に失礼か。

「……えっと、一応確認しますけど、特に男に戻りたいとかは? それか、棒だけその身体に生やすとか」

 出来れば、せめて男に戻すほうは遠慮してほしい。

 男が嫌いな訳ではないが、付き合う分には刺激が強すぎる。

 とはいえ、訊かないのも失礼だから仕方ない。

「いえ、それだけですわ。別に、あの身体に未練がある訳ではありません。あの頃も、リリーシアであるときを除いて『生きていた』とは言いがたかったのですから。あちらでは良くある話でしょう? それに、こうして本当にリリーシアでしかなくなってみると、昔からずっとこうだった気がするんです」

 良かった。

 どうやら、リリーシアであることを受け入れているみたいだ。

 まあ、フィードバックが違和感を軽減してるせいかも知れないが、それも含めて今のお姉様の意志だろう。うん。

 ……それにしても。

「だからこそ、私もこういった手に出たわけですしね」

 二十一世紀後期は、慢性的な閉塞感の支配する時代だった。

 有り体に言えば、物が多すぎたし、人の出来ることは多かったが、そこに娯楽以上のことは少なかった。

 必要なことはだいたい機械がやったし、一部の天才こそ未だに発見を続けていたが、多くの人は意義ややりがいというものを娯楽の中に求めるしかなかった。だからだろう、明確な苦痛があるわけでなく、むしろ多くにおいて手間のかからない時代であったにも関わらず、緩やかな退廃が世界に蔓延っていた。

 人々は老いていたのだ。あるいは、人の文明そのものの終着点テルミナスが近かったのかも知れなかった。

「だから、急でしたけど、フィアには感謝してるんですよ。……ただ、もう少し、私がテキストを読み終わるまで待ってくれてから始めてくれれば言うこともなかったですし、出来れば身体も流用でなく、しっかりデザインしたかったですけど」

 ……ああ、確かに読む速度の差を考えなかった!

 一般的な文字を読む速度は私のそれよりもだいぶ遅いと、知識としては知っていたはずなのに。

「ごめんなさい、お姉様。どうにも昔っからそそっかしい性分なものでして」

 昔からそれが原因で孤立したり、失敗することが多かった。

 そもそも、初めてお姉様に助けられたあのときも、私が先走って不相応なエリアに入ったせいだ。

 ……今回ばかりはそうじゃないといいのだが。

「いいのですよ。さっきもいった通り、この身体は十分誇っていますし、あの世界から連れ出してくれただけでも!」

 そういって、お姉様はぽんぽんと私の背を叩き慰めてくれた。

 が、彼女は突然なにかに気づいたように身を離してしまった。

 もっとやってくれて良かったのに!

「……フィアは、まだ私のことをお姉様って呼んでくれるんですね。私には、そんな風に呼ばれる資格も有りませんのに……」

 ああ、なるほど。

 男だったことを黙ってたことを気にやんでいることに、私はやっと気づいた。

「元の……いえ、前世の負い目は、気にしないようにしましょう。私だってかろうじて女だっただけで全然こんな美人じゃないですし、ましてどうせだれも知らないんですから気にするだけ損です。ネカマがなんです、これを実現するためにやったことを思えば、私なんて重犯罪者ですよ?」

 いくつかの操作は電脳法をはじめとするいくつかの法に抵触したし、もっと言えば、あっちの身体に私たちの魂が戻ることはない。

 それが意味することはつまり、あちらの世界の私とお姉様を殺したのにも等しいということだ。要するに殺人犯。

「それに、お姉様はお姉様です。私にとっては、ずっと貴女はリリーシアで、リリーシアお姉様だったんですから。……まあ、女としてはお姉様のほうが年下ですけど、それでも、お姉様と呼びます」

 お姉様は現実の話をネットに持ち出さない古典的な主義の人だったし、私もそうだ。

 だから、私にとってVMO外の実体のことなんて、知ったものでなかった。

「フィア……」

 お姉様が私を抱き締める。

 今度は、途中で不意に離したりしなかった。些細だが、それがうれしかった。

 喧嘩してたわけではないが、これで仲直りだ。

 ところで。

「あの、お姉様? 先ほどから思っていたんですけど、いつまでそのお姫様言葉をお続けに?」

 お姉様の喋り方は、もっとサバサバしていたはずだ。

 口振りからして、人格ベースはちゃんと正常にお姉様のものらしいし。

「やめどきを失ったもので、つい。……こほん。でも、臣下の目もあるから二人きりの時だけだからね。それでいいかい?」

 そういって、お姉様は言葉使いを戻した。

 うん、やはりこうでなければ!

 二人きりの時だけというのは残念だが、それはそれでロマンもある。

「いいですよ」

 返事をして、これで再び私のほうが丁寧な言葉を使うようになった。慣れ親しんだ形だ。

「実を言うとね、昔はあそこまであからさまな風だと恥ずかしかったんだ。でも今はいかにも相応の立場だからさ。正直、少し楽しんでる」

 お姉様は、聞く耳もないのにひそひそと小声で話した。

 どうやら、彼女なりの茶目っ気らしい。

「本当にその身体、気に入ってるんですね」

 まあ、胸はちょっと下品だが。特に、私の倍以上の等級がありそうなところがたまらなく。

「うん。……まあ、でも私の性別を変えたことを悪いと思ってるなら、しばらくフィアにはおちんぽ生やして生活してもらおうか。一月くらい」

 訂正。もうひとつ下品なところがあった。すぐにおちんぽと言い出すところだ。このおちんぽ姫め。

「まあ、それくらいならいいですけど」

 ステータスを開いて、生体バイオの項目から値を変化させればそれで十分だ。生体データに関する情報は本来ロック項目だが、デバッグ用のプロテクト解除コードを適用すればこれを変化させることが出来る。また、このコードを利用すれば同様に世界のあらゆる情報にアクセス出来、また、改竄できる。

 ……いくら警戒してもバグは出るものだし、その修正用の絶対権限だ。断じてチート目的ではないし、だからいきなりお姉様の座標を書き換えて眼下に呼び出すこともしなかった。

 ほら、こういうのって遊びならいいけど、便利に使うものじゃないでしょ?あれだよ。コズミック・バランスとか乱れるから……

 そんな風に私が思考の奥にこもっている内に、お姉様が口を開いた。

「……と、こんな話をしている場合じゃなかった」

 口調はいつものそれだが、声は真剣だ。

「月並みな話と台詞で悪いんだけどさ。……『私をこの城から誘拐してくれませんか?』」

 本当に月並みな台詞だ。

 だが、眼前のステータスはもう一つのテンプレ的状況を示していた。

「あー、こっちも月並みで深刻な話です、お姉様。デバッグ、効かないです」

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