インカーネイト・リーンカーネイション 実現した私たちの『異世界転生』
ペトラ・パニエット
prologue:世界が始まるより、前のこと/リーンカーネイト・インカーネイション
「異世界転生、しませんか?」
私の計画の最終段階は、その言葉で口火を切ることに決めていた。
あらかじめ説明するなら、ここはいわゆる総合VMOコミュニティの一ルームで、話している相手はリリーシアお姉様。話している手段はテキストチャットだ。
彼女とはかつて、『下典・神魔転承デモンレルムス ヴィジョン・オブ・リバース』というあるハードゲーマー向けRPGのVMMO外伝タイトルで助けられて以来、そう慕い、ゲーム内のみならず、こういったVMOコミュニティでも親しくする仲だった。
「まあ、出来るならしたいけども」
そう答えた彼女だが、実際のところ、異世界転生はゲーマーのロマンといって過言ではない。
かつて私とお姉様はそういったことを夜が明けるまで語らい、それが私の夢を私たちの夢にプロモートしたきっかけだった。
返事が渋いのは、きっと実現を信じられないからだろう!
だって、ある日突然幸福が降ってくるなんてナンセンスだ。あり得ないと思うし、私だって信じない。
でも、だが、あるいは、だから――
私は文字通り血を吐くような努力の末にそれを実現させることにした。テクノロジーによる人為的な異世界転生プロジェクトだ。現実的な利益を何一つもたらさないプロジェクトに出資するものはなく(あるいは、出資者にあれこれ口出されるのを嫌がって探さなかっただけかもしれない)、すべてを自費で行うしかなかったが、それでも異世界転生は転生者の幸福は約束してくれるし、転生さえ果たしてしまえば現世の通貨などなんの価値もないのだ。
それは一生を費やすに足る計画だった。
だからやった。後悔はない。
そして、それはもうすでに、実行キーを押すだけというところまで来ている。
……まあ、不可逆性の問題こそ残っているが、もとより『転生』というくらいなのだから、可逆である必要も感じなかった。
理論は完全なのだし、それに、下手に可逆にすることで転生後も現実に煩わされたり、現実が私たちの世界に攻めこんできても困る。
「なら、決まりですね。
ちょっと胸は私の趣味からすれば見栄を張りすぎだけど。
きっと現実の姉様の胸は……おっと、いけない。どうせもう時期に現実ではなくなることだ。姉様は爆乳。それが私たちのリアルだ。
「いやあ、姉様がFomp社のがっさいコンシューマ機派じゃなくてPC直結のバカ高いエンベロープ4.0使う酔狂な人で助かりました。まあ、私も人のこと言えないんですけど……。
だって情報信号をフリップする手間がダンチですし、なんてったってポッツ=スターク式脳波パルス読み取りはやっぱ最高です。悔しいですけど、天才ってああいうのなんでしょうね。
さて、いよいよですが、これからいくらかの警告文がバーって流れると思うんですけど、絶対ログイン切らないで下さいね!ルート権限奪い取るまでの辛抱ですから!うっかり変なところで落とすと電子の海と現世の狭間を永遠に引き裂かれながら彷徨うことになりますよ!」
実際ポッツ=スターク式脳波パルス読み取りの性能のよさはほとんど会話そのもののテキストチャットを、こうして送れることからも確かだ。恐ろしいことに身体の運動信号さえ生身とのラグが人間には認知不可能なレベルまで軽減される。
自分のプログラムだけで完結したかったが、あるものは使った方がいい。時は有限なのだ。
実行プログラムを起動する。
「え、待って、本当に」
お姉様が戸惑った声を上げた気がするが、それに構う余裕はなかった。
エンベロープ4.0の
目的は意識データの完全な吸い上げと、それを衛星間特殊通信ネットワークを通して自家用人工衛星に飛ばすこと。
物質的な肉体を失い、電子の存在となって太陽光だけで生きられるようにする必要があった――現実から横やりを入れられるのは転生としてナンセンスだ。
そうして飛ばした衛星の中で、転送された意識体に夢を見せるように適切な『世界』をみせることで、限りなく理論的な転生を果たすことが出来る。
勿論、こういった意識データの完全吸い上げとか、一定以上現実に近い、つまり現実と脳が誤認するようなフィードバックを与えることとかは電脳法に触れることだし、それは相応に危険きわまりないことなのだからそうなのに違いなかった。
それこそ、さっき警告したようなことになりかねない。
特に意識の
さて、長々と考えていても仕方がないから、この一言で片付けるとしよう。視界の端にcompleteの文字が見えるし、だとすればもうしばらくのうちに、長い眠りの中に落ちるはずだ。もう時間がない。
……私が天才でなければ即死だった!
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