香澄のプロファイリング

   ワシントン州 バスターミナル前 二〇一五年八月二四日 午後三時三〇分

 レイクビュー墓地で浮かべていた悲しい表情とは変わり、何事もなかったかのようにシアトルへ向かう香澄。一見するといつもの香澄にも見えるが、この時の彼女の表情は何かの自信に満ち溢れているようだった。

 その後時間を見計らったかのように、ワシントン州の中心都市シアトルへ午後五時三〇分ごろに到着した香澄。そしてそそくさとバスへ乗車し、ある目的地へと向かう。

「今の時刻は午後三時三〇分ごろね。約三〇分~一時間ほど遅れてしまったけど、おおむね予定どおりね」


 そんな香澄の心理を読みとったかのように、彼女を乗せたバスはエンジン音が鳴り響くと同時にある目的地――オレゴン州の都市 へと向かうのだった。


 ポートランドへと向かうボルトバスの中で、軽くため息を吐きながら車内の席に背もたれをする香澄。行き先がポートランドであることから、香澄の行き先は十中八九、旧サンフィールド家のお屋敷があった場所だろう。


 なお香澄が乗車したのはボルトバスと呼ばれる、シアトル~ポートランドを行き来する長距離バスのこと。シアトル周辺にある日本食・アジア系の食材を扱っている『宇和島屋』というスーパーの近くにあり、『フィフス・アベニュー・サウス』と呼ばれるバスターミナルがある。バス料金も片道数十ドル前後と格安で、走行時間も約三時間~三時間三〇分と非常に便利だ。


 そんな疑惑が浮上する中で、香澄の脳裏にはある人物のことを思い描いていた。

『ついに私……エリーと仲直りが出来なかったわね。最後くらい悔いを残さないように、エリーと仲直りしたかったのに……』

香澄が思い描いていた一人の人物とは、何度か仲直りしようと努力したもののそれが叶わなかった親友のエリノア。


 これまで香澄は頃合いを見計らって、何度かエリノアの誤解を解こうと努力し続けてきた。だが香澄の努力もむなしく、二つの線が一つに交わることはなかった。そんな心労が粉雪のように香澄の心に降り注いでいき、それが心のさらしやくさびとなり彼女を苦しめ続けてきたのかもしれない。

 結果的にエリノアと自ら距離を置いてしまった香澄だが、それでも彼女なりに悔いが残っているのだろうか? その答えは香澄のみが知る……


 その他にも親友のメグや親代わりでもあるケビンとフローラのことも考えていたが、それよりも香澄の心にはジェニファーの姿が強く印象に残っていた。

『今まで誰にも見つからなかったということは、やっぱりジェニーはのね。……あの子には本当に感謝しないと』

 謎めいたことを心の中でつぶやく香澄――彼女がそう考えるには、以下の理由があった。


       『香澄がこれまで取った謎の行動の真意について』


一 この日は午前中~お昼過ぎまで近隣のお店で買い物へ行くというジェニファーの習慣を、長年一緒に暮らしている香澄は知っていた。同時に香澄はジェニファーの親友でもあるため、彼女の性格についても熟知している。

 そこでジェニファーが午後一時前後に帰宅するだろうと予測していた香澄は、あえて日記を見つかりやすい自分の部屋へ残す。今日に限って部屋の整理をしていたのも、机の上に置いた日記が目立つようにと、香澄がジェニファーに対して行った心理的誘導によるもの。そして後にジェニファーが自分の日記を見つけた後の行動について、香澄は心理学の知識・彼女の性格など考察・プロファイリングした。

 

 そうした仮定を元に香澄はジェニファーが移すであろう行動を予測して、可能な限りジェニファーたちと自分が遭遇しないように計算する。案の定ジェニファーは香澄の行方をつかむことが出来ず、香澄は無事ポートランド行きのバスへ乗車する。


二 最期は自分が望む場所へ一人で行きたいと願っていたこともあり、香澄は数日前からこのプランを練っていた。本来なら香澄はこのようなことを考えないのだが、彼女の心に眠る「もう一人の香澄」の影響が出ていると思われる。

他人の幸せを常に願う心優しき性格の『香澄A』・常に自分の都合を第一に考えてしまう性格の『香澄B』――相反する人格が一つの心に存在するからこそ、このような事件が起きてしまったのかもしれない。


 自分の思い描いた通りに物事が進むことに喜びを感じつつも、生まれて初めて親友たちを騙してしまったことに強い罪悪感に苛まれる香澄。はたしてこの先、香澄は無事ポートランドへ辿りつくことが出来るのだろうか?

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