【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

何気ない日常の中で

                八章


        【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

 ワシントン州 マーガレットの部屋 二〇一五年八月一〇日 午後三時〇〇分

 八月を迎えてから数日が経過し、シアトルの陽射しも段々と強くなっていく。日本なら日中の気温が三〇℃以上になることが多く、街を歩く人の多くが汗だくとなる。

 だがワシントン州シアトルは八月でも気温が三〇℃以上まで上がることは滅多になく、夏でも二〇℃から二五℃前後という日々が多い。三〇℃以上となる日本と比較すると涼しい日が多く、何かと過ごしやすいのがシアトルの特徴。


 そんな真夏でも過ごしやすい街シアトルでは、熱心に何かに取り組んでいる三人の若い女性たちの姿が垣間見える。

「違うわ、メグ。もっと体の力を抜いて……」

「えぇと、こんな感じ?」

「……うん、いい感じね。やっぱりあなたは低音より、高音を出す方が得意みたいね」

「えぇ、私もそう思います。私あまり歌は得意ではないので、そんなに高い声出ませんよ」

「もぅ、二人とも。褒めてくれるのは嬉しいけど、それは少し大袈裟じゃない?」


 両手を前にそろえながら声を出している女性は、ベナロヤ劇団に所属する劇団員のマーガレット・ローズ。八月の下旬に劇団内で行われる予定のオーディションに備え、マーガレットは今日も発声練習に励んでいる。普段は陽気でムードメーカー的な役割が多いマーガレットも、お芝居のことになると真剣な表情へと変わる。

 

 同じ部屋のベッドに一人腰を下ろしているジェニファー・ブラウンは、読書が趣味で少し大人しい性格の女性。一度マーガレットが発声練習をする姿を見たいということで、彼女の部屋で一人静かに歌声に耳を澄ませている。ジェニファーは今年の九月からワシントン大学心理学科の大学院へ進学し、さらなる知識を深める予定。

 

 そしてマーガレットの声に合わせて電子ピアノの鍵盤を叩く高村たかむら 香澄かすみは、ジェニファーと同じワシントン大学心理学科の大学院へ進学する予定。本来なら去年大学院へ進学する予定だったが、とある事情で一年間休学している。

 また子どものころからピアノを習っていた経験を活かし、時々マーガレットの発声練習に付き合っている。ピアノの演奏技術は三人の中でも一番長けており、特にベートーベンやバッハなどのクラシック音楽が得意。

「ねぇ、香澄。今の私の声って、どれくらいの高さまで出ていた?」

「――ここよ。今私が聴いた限りだと、メグはここまで声が出せるみたいね」

そう言いながら香澄は白く細い人差し指を前にピアノの鍵盤の前に置き、ミの音を静かに鳴らす。自分の音域を確認したマーガレットは、何も言わずにただ満面の笑みで答えてくれた。


 普通の女性なら、マーガレットのようにここまで高い声を出すことは難しい。だが幼いころから演劇やお芝居で声を鍛え続けた賜物たまものか、今のマーガレットは難なくの音域まで声を出すことが出来る。……女性歌手と比較しても、かなりの高音が出せるようだ。

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