11-6

 とりあえず川下に向かってゆっくりと自転車を走らせる。何も見つからないのはわかっているが、ここはそれらしく振舞わなければならないと思った私は、さも山中キャプテンの遺留品を捜すようにしながら自転車を進めた。

 何を思ったか、幸希が私を追い越して勢いよく走り出した。突然の行動に怪訝に思った私だったが、遅れまいとして必死でペダルを踏んだ。どれくらい走っただろう、やっとスピードを緩めた幸希に追いつき、

「どうしたの、急に勢いよく走り出したりして」

「すいません。先に行けば何かが見つかりそうな気がして、躰が自然に動いちゃったんです。でもこれだけ走ってもこのあたりは何もかわり映えのしない場所なんですね」

 幸希は鼻の頭に汗の玉を拵えながら大きく息を吐き出した。

「だからいったでしょ、こっちには何もないって」

「はい、すいません」幸希は深く頭を下げた。

「わかったんなら、引き返そうよ。ちょっと気になった場所があってさあ、そこを調べてみようと思うんだ」

 私は、いよいよ幸希にあの橋を渡らせるときが訪れたことに武者震いをした。

「気になった場所ってどこです?」

「まあ行ったらわかるから、黙ってついてきな」

「はい」

「そこに何もなかったら、あきらめてカキ氷食べに行こう」

「はい」

 どこまでも従順な幸希はこれから自分がどうなるかまったく知らないでいる。私としてはそのほうが好都合だ。

 ママの家までたどりつけばあとは何とかなる。それまでは是が非でも橋を渡らせなければならない。感づかれたら計画はご破算になる。私は必死で平静を装った。

 そして橋のあるあたりに近付いた――。

 私は小首を傾げる。思ったところに橋がない。ついこの間渡ったばかりなのにどうして見えないのだろう。私は場所を間違えたのかと首を左右に動かして橋を捜す。この場所に間違いないはずなのだが――。

「どうかしました? 先輩」

「あれッ、おかしいなァ。確かにこのあたりのはずなんだけど……」私は小さく呟いた。

 橋がなければママの家には行くことができない。どうすればいいのだろうか。私はその場に佇んで呆然と向こう岸のコンクリート・パネルの塀を見つづける。

「先輩、この前も同じ場所で同じようにぼんやりと向こうのコンクリートの塀を見詰めて、何か口にしてましたよね」

「そうだったっけ?」

「ええ」

 なぜ急に橋が見えなくなったのかまるで見当がつかない。なぜだろう――? 

 ひょっとして、この前ベッドで嫌というほど頭を打ちつけた。そのあと、何かが吹っ切れたみたいに躰や頭がやたら軽くなった――そのせいでママが与えてくれた特殊な能力を失ってしまったのだろうか。それとも、これ以上私が罪を犯さないためにママが橋を消してしまったのだろうか。私にはまったく思い当る部分がなかった。

 振り返ると幸希はひとりで何か捜し物をしている。川に沿って堤を歩いている背中を見たとき、私の心の中が複雑に入り混じった。

 橋がない限りもう二度とママと会うことはできない。空を見上げて懸命にこらえようとしたが、あとからあとから泪がこぼれ落ちた。

 何も知らない幸希は生贄にされるところを命拾いした。正直なところ、ここに来るまでママを思う私の心は鬼のようだった。

 いまになっては本当に橋がなくてよかったとつくづく思う。

 私は、私とママを再会させてくれたあの橋に感謝している。

「先輩―ィ、そろそろ行きませんか?」

 幸希が少し離れたところから大きな声で私を呼んでいる。

 私はハンカチで泪を拭ったあと、笑顔になって自転車のペダルを思い切り踏んだ。

 草むらから交わす虫の鳴き声が聞こえた。

 季節はもう秋――。


              (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

JKの抱いた殺意 zizi @4787167

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ