11-3
「あっ、あなたは……」
「そうです、『週間アスタ』の沼田です。少し時間いいかな?」
「いいですけど、家の用事があるので、あまり長くは……」
私は顔をしかめるようにして記者の顔を見た。
「オーケー。心配しなくてもそれほど時間を取らせない」
記者が建物の影を指差し、場所をそちらに移すと、自販機で缶コーヒーをふたつ買って戻って来た。
「コーヒーでよかったかな? 最近の高校生は何を好むかわからないから」
「すいません」
正直さっきオレンジ・ジュースを飲んだばかりなので、すぐに缶を開けることができない。
「早速だけど、あれから何か変わったことはなかった?」
レコーダーでも仕込んでいるのか、メモを執る仕草も見せない。胸元を探るように見ながら、
「はい。いまもクラブの部長と話をしてたんですけど、部長のほうもなかなか情報が集まらないらしくて、結構焦ってました」
と、素直に話した。
「なるほど……」
記者は指で顎を挟みながら何かを思案している。
「最近テレビや新聞に記事が載らないようですけど、どうなってるんですか? 捜査は打ち切ってしまったのでしょうか?」
「いや、事件についてはっきりしたことはいえないが、捜査がつづいていることは事実だよ。でも、進展がないというのも事実だ。警察当局ももちろんだが、マスコミも情報を得ようとやっきになっている。だからこうやって君をつかまえて手がかりになることを訊き出そうとしてる」
余程行き詰まっているのだろう、記者の顔は真剣になっていた。
「まったく糸口が見つからないのでしょうか? 犯人像の目星がついているとか……」
「そうだなァ――ここだけの話だけど、警察としては、いまのところ男友だちを重点的に調べているみたいだ。それはまだ我々マスコミに対しても一切話さない。だから、こうして君たちに頼んでるんだよ」
「すいません、さっきもいったように本当にわからないんです」
「そうか、ありがと。もし何かわかったらここに連絡してくれないかな」
記者は携帯の番号が入った名刺を胸ポケットから取り出した。
「名刺はこの間……」
「いいよ。名刺って結構捨てられるケースが多いから、重複してでも渡すようにしている。これも僕たちの仕事だ」
記者は夏の陽射しの中で笑いながらいった。
私は自転車に乗って家に戻る途中、山中先輩の失踪事件のその後がまったく新展開を見せてないことに安堵したと同時に、反面なぜあの場所に記者がいたのだろうという懸念が交互に襲って来た。佐々木部長を尾行していたのだろうか――。
クリーニング屋の前まで来たとき、自転車を停めて後ろを振り返った。自動車も自転車もまったく影は見えなかった。つけられている様子は窺えない。少しほっとした。
それより佐々木部長のことが気になりはじめている。やはり幸希を呼んであることだし、計画どおり進めたほうがいい。佐々木部長はそのあとの犠牲者にしよう。とりあえず幸希を第二の犠牲者としておけば、次までには充分時間があるからゆっくり計画を練ればいい。もし事態が急転したときには早めの実行とすればいい。
私は胸の中で順序を組み立てると、大きく深呼吸をしてふたたび自転車のペダルを踏んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます