10-3

 健斗は相変わらず慣れない手付きで(私の脳裡には花火大会の夜に健斗のタバコを喫う姿が鮮明に残っている)タバコに火を点けた。仕方なくパパのガラスの灰皿をダイニング・テーブルに置いた。

 ダイニングの椅子に移った健斗だったが、タバコを喫ったあとも何か重いものでも背負っているかのようにうなだれてまったく精彩がない。私はそれを見てひと言いいたくなったが、これ以上いったら間違いなく萎縮すると思った。目の端で健斗の顔を盗み見たとき、ふっと別のことが頭に浮かんだ。きっとそうに違いない。私はそれを口に出して健斗に訊いてみようかとしたが、それがわかっていて健斗をいじめるのはあまりにも残酷だった。

「麻柚――」

 私の隣りに戻って腰を降ろした健斗が、いきなり私をソファーの背凭れに押し倒し、間髪入れずに私の唇を奪った。その瞬間、またしてもデジャ・ブを感じた。予感は感じていた。私の中ではすでに健斗との初キスは終わっている。だからどう反応していいか逡巡している。私はそのまま健斗にまかせた。健斗の背中に腕を廻すことさえできない。胸の中が妬けるほど熱い。すべてがあの夜を境にしている。しかしいま私に覆い被さっている汗臭い健斗にはこれがはじめてのことと思っているのは間違いない。

 健斗がこの家に足を踏み入れてからこっち、様子がおかしかったのはどうやらこれが原因のようだ。

私は、健斗にちゃんとした返事をまだしていない。私の中で気持が複雑に入り混じった。

返事のかわりに自分の気持表現する意味で健斗の背中にそっと腕を廻し、指先にちからを込めた。

 健斗はわずかに躰を捻ったあと、遠慮がちに私の胸に掌を載せた。瞬間無意識に躰がピクリと反応した。少し堅めのブラを通して健斗の掌の温もりが伝わってきている。

 健斗は私の唇から離れようとしない。まるで私のすべてを吸い込もうとしている。やがて健斗の右手が脇腹から腰の辺りに移り、コットン・パンツのフロント・ボタンに手がかかった。我に返った私は健斗の腕を止め、それを切っ掛けとして健斗から離れた。

そうされたことが嫌だったわけではないが、躰を起こした私はまともに健斗の顔が見れなかった。これまで想像してきたキスとはまるで違うものだった。

 私は何かしらの言葉が欲しいと思った。何か声をかけてくれるのを密かに待っている自分が、自分ではないようだ――。

「麻柚、俺、本当に好きなんだ。嘘じゃない」

 健斗は視線を一点に据えたまま真剣な顔でいう。私はその言葉を聞いて嬉しかった――っていうか、その言葉を待っていた。何か返事を返さなければと胸の中で焦燥が駆け巡る。

「本当に?」私はその言葉を捜すのがやっと。

「嘘なんかじゃない」

「じゃあ私の目を見て好きっていえる?」

「モチいえる。麻柚、麻柚のことが好きだ! どうしようもないくらい好きだ!」

 私は、くすぐったいと同時に嬉しくてまともに健斗の顔を見返すことができなかった。

「健斗、どうしてもきょう会いたいっていったのは、私とキスしたかったからでしょ?」

 私は遠慮なくずばり訊いてみる。

「――うん」

 健斗はうなだれたまま返事をする。そんな姿を見ていると、まるで私が健斗をいじめて愉しんでいるかのようで嫌だったが、いまの私はひとつひとつを確かめたかった。

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