10-2
私は健斗を二階への階段下にある納戸に連れてゆき、新聞と雑誌の山を見せる。
「うわぁ、こんなにあるのかよ。どれだけ貯めてんだよ」
「ふふっ、別に貯めたわけじゃないんだけど、先月廃品回収に出しそびれちゃってさ……」
健斗は、積み上げられた新聞紙を上から少しずつ小分けにして、三十センチほどの高さごとにビニール紐で括りはじめる。私は健斗の横で効率よく作業を進めるのに雑誌の山をいくつも拵えた。健斗の額から滴り落ちた汗が、A4のサイズに折りたたんだ新聞の上に幾つも茶色い染みを拵える。
「こうしてビニール紐で括ってると、まるでひとの首でも絞めている気がするよな」
「やだーァ、変なこといわないでよ」
私はリビングに置いてあったタオルを手にすると、ふたたび健斗のところに戻った。健斗はタオルで額の汗を拭ったあと、引越し屋のお兄ちゃんがやってるみたいにタオルを首にかけ、急いで残りを片付けはじめた。傍で見ていた私は、タイミングよく健斗が来てくれたことに感謝した。
つづけてガラス戸をと思ったが、健斗の姿を見ていたらそれもいい辛くなってしまい、オレンジ・ジュースでひと憩みすることにした。
ダイニングの椅子に腰掛けた健斗はものもいわずに黙ってグラスを口にする。
「健斗、どうしたの? くたびれちゃった?」
「っていうか、久しぶりに張り切ったんでちょっとクラっときたんだけど、もう大丈夫だよ」
私の目についたところでは、健斗は相当無理をしている。これ以上健斗に恥をかかせないためにもガラスの拭き掃除を一緒に手伝うことにした。
「健斗、どっちからやる? 外側? それとも中からする?」
「どっちでもいいけど、先に暑いほうからやったほうがあと楽かな」
「じゃあ、外側から作業開始よ!」
一枚の半分も拭かないうちに、後廻しにしたことを後悔する。もっと涼しいうちに終わらせておけばよかったと――。私がそんなことを考えていること知らない健斗は洗剤をスプレーしながら真剣な顔で作業をすすめている。その横顔がちょっと恰好よかった。
四十分ほどでガラス拭きがすんだあと、汗まみれになっている健斗にシャワーを浴びるようにいう。しかし健斗は恥ずかしげな顔で必死になって辞退した。
冷えた麦茶を前にしてリビングのソファーに並んで坐り、自分たちが汗を流して奇麗に磨き上げたガラスを眺める。これまでボケた写真を見るような庭の風景だったのが、いまではピントの合ったクリアーな映像として映っている。清々しい気分に満足だった。
「奇麗になったよね」
「うん、奇麗になった気がする」
健斗は、ソファーの背凭れにだらしなく躰を預けたまま気怠げな返事を返す。
「手伝ってもらっていうのも変だけど、健斗って意外にスタミナないんだ」
「そんなことないさ」
自尊心を傷つけられた健斗は、ソファーからがばっと躰を起こすと、眼の色を変えて懸命に否定した。
「だって、さっきからずっとひとつ仕事をすると、そうやってだるそうに放心してるよ」
「違うんだって。ほらこのとおりだ」
健斗は無理やりの笑顔を浮かべながら、両腕にちから瘤を拵えて私に見せた。
「ふふっ、健斗なんか無理してるみたい」
「そんなことないよ。タバコ一本喫ったらきっと元気が出る」
「本当に? だったら一本だけだよ、一本」
私は健斗の元気ない姿を見たくなくて、いけないと知りつつも許してしまった。
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