9-4
「何? この黒いイチゴみたいな果物」と私。
「イチジクよ。麻柚食べたことない?」
ママはイチジクの皮を剥き、ふたつ割りにして私の前に出してくれた。
「ないわ。見たこともない。でもおいしい」
「甘くておいしいよ。庭に生ったのをもいでおいたのよ。もぐタイミングを失うと、全部鳥に食べられちゃうの」
「へえーッ、そうなんだ」
「そうよ。どう? おいしい?」
「うん」
私は、酸味を含んだ甘い果実をかぶりつきながら首を立てに何度も振った。
「とても新鮮でおいしいよ。でも――、こんなおいしい果物が毎年実をつけるのに、来年はママと一緒に食べられないんだよね」
「そうね。いくら母娘といえども、こういった形で再会するということは決して許されることじゃないからね。でもまあ三週間という長い期間、麻柚の顔を間近に見られただけでも感謝しないといけないね」
ママは目を細めて満足そうな顔で私を見た。
「それは何度もママに聞かされたからわかってることなんだけど、そんなに簡単に割り切れるもんじゃないよ。いまさらいわれるくらいなら、私ここに来なければよかった」
「ママは麻柚に謝らなければならないことがあるの」
「謝ること? 謝ることって?」
私の胸がことりと音を立てた。
「そう、ごめんねママが麻柚と話したいばっかりに余計な手回しをしたのがいけなかった。その結果、麻柚を辛い目に合わせることになってしまって――」
私は瞬間にテントウ虫に噛まれたときのことが脳裡に浮かんだ。ずっとそのことが気になっていたのは事実だ。
「ママがいってるのは、ひょっとしてテントウ虫のこと?」
ママは私の顔を見ることもなく、ただ黙って俯いた。
「すると、あの日私の腕を噛んだテントウ虫は、ママが仕向けたっていうわけ?」
ママはその質問にも答えなかった。
「すべてママが悪いのよ。麻柚と一緒にいたいばかりに――ママがバカだった。本当にごめんね」
「もういいの。ママそんな言い方しないで。そんな風にいわれると私どうしたらいいのかわからなくなる。それよりママ、ここまで来てしまったんだから少しでも長く一緒にいたいよ。山中キャプテンの他にもうひとり犠牲者のあてがあるの」
いま私は、身の廻りにある不都合なものをすべて取り除きたいという心境に憑依されている。この心意は幾らママでもわかってもらえないだろう。私自身の問題だからだ。
「もういいのよ。これ以上麻柚に迷惑をかけられない。ママことを思ってくれるのは嬉しいけど、お願いだからもう忘れて」
ママは私の目を見て懇願するが、私の気持はもう走り出している。決して誰にも停めることはできない。
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