9-3

「やだ、やだよォ。ママがいなくなるなんて、絶対にイヤ」

 私は顔をくしゃくしゃにして泣きながらママの手を握った。

「もっと、ずっと麻柚の傍にいて欲しいの。ね、ママ」

「麻柚、あんたはもう子供じゃないんだから、そんな聞き分けのないこといわないの。ママは本当に満足してるのよ。これ以上望むことは何もないわ」

 このところ会えばそんな話ばかりしている私たち。でも私は一向に気にならなかった。なぜなら、私とママの共通の話題だからだ。そのためにここに通っているといっても過言ではない。こんな関係の親子なんて世の中にふたつとないに違いない。ママのためなら自分のできることならどんなことでもしてあげたかった。

 ママには聞かせてないが、いま私には次の作戦を頭に浮かべている――煙たい存在になりつつある『立花幸希』を第二の犠牲者にさせることだ。私としては一日でも早く始末をしないと、自分に捜査の手が伸びる気がして落ち着かない。もうここまで来たらひとりもふたりも同じだ。早ければそれに越したことはないが、タイミングというものがあるので、遅くてもこの夏休み中に何とかしたいと思っている。

 このことはまだママに話してない。聞かせたらおそらく何度も首を横に振って反対することだろう。それを思うとなかなかいい出すことができない私。

 突然座敷の中が暗くなった。思わず窓の外に目をやる。朝からここに来るまではいい天気だったのに、午後になって厚い雲が張り出し、雨が落ちはじめた。開け放ったガラス戸から湿気を含んだ埃っぽい空気が入り込んでくる。ガラスに附着した大粒の雨滴が白く光っている。

「やだァ、本当に降ってきちゃった。すぐにやむかなあ」

 私は坐ったまま両手を突き、躰を斜めにして空を見上げた。

「大丈夫だと思うけど、もしあれだったら雨傘持って行くといいわ」

 台所からお盆にイチジクの入った皿を載せて戻ったママは、外も見ないままでいった。

「雷、鳴ったらやだな」私はぼそりと呟く。

 幸い雷が鳴ることもなく、意外と早い時間に空が明るくなった。

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