episode 9 第2の犠牲者
私は自転車を取りに学校に戻り、スマホで連絡を取り合おうと約束をして幸希と別れた。ちからを入れて自転車をこぐ。丸一週間ママに会ってない。たまらなくママの顔が見たいと思った。
いつもより用心して、すぐにではなく時間差を持って橋を渡ろうとしている。どこで誰が見ているか知れないからだ。特にきょう会った週刊誌の記者と名乗る男性なんかは気をつけなければいけない。おそらく記者の感というやつで私のことを嗅ぎ廻らないとも限らない。
川下の堤から甲高い子供の声が聞こえてきた。私は咄嗟に散歩をしているふうに装う。近付いて来た声が気になって振り返ると、野球帽にランニング・シャツの小学生がふたり、虫取りアミと虫かごを持ってばたばたと駆けて行った。
子供たちの姿が見えなくなるほど小さくなったのを見届け、もう一度左右を確かめる。ズームで捕えられていたら別だが、どうやらここから見た限りでは大丈夫のよう。ここに来るといつも思うのだが、いまだに橋を渡る自分がはたからどう見えるのか知りたくて仕方ない。私以外の人間からはこの橋の存在がどのように映るのか気になるところだが、こればかりは誰に訊くわけにもいかない。
「ママ、元気だった?」
大きな声で訊く。考えてみればおかしな挨拶だがつい口から出てしまった。
「麻柚のお陰で英気をもらったから元気に毎日を送っているわ。そうそう、お盆には墓参りをありがとうね。それに奇麗に掃除までしてくれて……ママ久しぶりにみんなが揃った姿を見て、泪が出るほど嬉しかった」
ママは目を細めて優しく私を見た。いわれた私もつい目頭が熱くなった。その瞬間、お墓に行ってよかったと思った。
「でもさァ、あのとき一生懸命にママを捜したんだけど、見つからなかった。そんな私の姿を見て、お姉ちゃんはトイレに行きたいのかって訊くのよ。失礼ったらないわ。で、あのときママはどこから私たちを見てたの?」
「お墓の中よ」
「そうなんだ。私はてっきり近くでそっと見てるもんだと思ってた。それじゃどれだけ捜しても見つからないはずだね。ところで、きょうはママに報告しなきゃなんないことがあって来たんだよ」
「私に報告?」
ママは急に訝しげな顔になる。それは不安を隠せないといった表情だった。
「私の連れて来た彼女のことがようやく昨日ニュースになったよ。そしてきょう午前中に学校にバスケ部の部員が呼ばれて、誰か事情を知っているものがいたら教えて欲しいといわれたわ」
「そうなの? ここには新聞やテレビ、ラジオといったものがないから、ママはまったく知らない。けど、心配しなくても大丈夫。ここは絶対に知れることはないから」
ママは溢れんばかりの自信を顔に浮かべている。
しかし私にはもうひとつ気がかりなことがあった。事件に関しての警察の聞き込みである。警察のことだからきっと根気よく時間をかけて事情徴収するに違いない。いつどんな角度から接してくるのかそれをひどく心配している。
「ならいいんだけど、心配になって夜眠れないことがあるの。そうかといって誰かに話を聞いてもらうわけにもいかないし……」
ここに来るまでは気丈に振舞っている私なのだが、ママの前になるとつい弱音を吐いてしまう。このところの私は、川を挟んで向こうとこっちでは、まるで別人みたいに気持が入れ替わる、そんな自分自身がとても嫌だ。
「麻柚、ごめんね。ママのために辛い思いをさせてしまって。本来ならママは別のところに行くべきだったのに、少しでも長くみんなの傍に居たいと思ったのが間違いだった。それがなければ麻柚に迷惑かけることもなかったのにね」
ママは目頭を押さえながらすまなそうにいった。
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