8-4

 国道のアスファルトがいまにも溶け出しそうなくらい気温が上昇している。遠くを見ると、陽炎がゆらゆらと舞い上がり、横断歩道の白い模様が目に痛いほどだった。交通量はさほど多くはなかったが、時折り何台か連なりながら行き過ぎる。

 橋のところまで来ると、私は立ち止まって幸希に訊いた。

「そのおばさんがぶつかりそうになったのはどのあたりなの?」

「はい、私が聞いたところでは、この橋とス―パーとの間らしいんですけど、はっきりとした場所はわかりません」

「じゃあ、もう少し先に行ってみようか」

 ふうと大きく息を吐いたあと、私は自転車を学校に置いて来たことを後悔する。 こんなことになるとは思わなかった。少しでも早くすませたくてつい急ぎ足になる。左手には例の工場の跡地であるコンクリート・パネルの塀が五十メートルほどつづいている。道路の反対側にはガソリン・スタンドがあり、やや離れて大きな駐車場を持つラーメン店と回転寿司の店が並んでいた。両方の店とも黄色い回転灯が気怠げに廻り、開店中であることを知らせている。ランチ時のせいで駐車場には結構多くの車が停まっていた。

「あそこがスーパーだから、このあたりじゃないのかなあ」

 私はぽつりといった。

 私は何か手がかりになるものを捜す振りをしてスーパーに向かう。

「ねえ、幸希、外は暑いからスーパーの中に入って話さない?」

「賛成です」

 スーパーの自動ドアをくぐると、そこは別世界と思えるほどで、涼しいというよりも痛いくらいの冷気が肌に染みた。あたりを見廻したところ、ゆっくり話せそうな場所は階段の踊り場くらいしかなかった。

「とりあえずここで話そうか」

 私は手にしていたハンカチで、顔のあたりに風を送る。

「ふうッ、めっちゃ暑いですよね、特にきょうは……」と、こぼす幸希。

「そうだよね。ところでさっきのつづきなんだけどさあ、キャプテンは自転車でどこに行こうとしたんだろうね」

「この付近だとしたら、山中キャプテンの家からすると、学校とは反対の方向だし、友だちと約束をしていたのなら、その友だちが警察に情報を協力しているはずだからその線はない。だとすると、何かの用があって駅に向かう途中に失踪したか、あるいは誰か――つまり犯人と思われる人間と待ち合わせをしていたんじゃないかと推理するんですがどうでしょう?」

「幸希、すごいね、名探偵みたいだよ。でもこの先で誰かに車で連れ去られた可能性は?」

「まずそれはないです。なぜなら、目撃者がいないですし、乗っていた自転車もない。っていうことは、誘拐ではないですね」

「幸希の推理に異論はないけど、もうひとつ気になってることがあるんだ」

「えッ、気になってる? 気になってることって何です?」

幸希は目の色を変えて私の横顔を覗く。

「スマホだよ」

「スマホがどうかしたんですか?」

「山中先輩もスマホを持ってたはずなんだけど、その話って口止めされてるかのように誰もいわないじゃん」

 私はさも何も知らないかのように振舞う。しかしいつポロリと口からこぼれ出るかわからないという不安はずっと頭の片隅にある。用心して言葉を択ばなければならない、と自分にはっきり言い聞かせた。

「そういえばそうです。肌身離さず、下手したらお風呂の中まで持って行くっていう話を聞いたことがあります」

「それって、山中先輩のこと?」

「いえ、違います。クラスの友だちに聞いた話です」

 幸希は申しわけなさそうな顔をしたあと、ふいに立ち上がって何もいわずに階段を駆け降りて行った。トイレにでも行ったのだろか――私は声をかけることもできないままただ後ろ姿を見ているより仕方なかった。

 幸希はすぐに戻って来た。見ると両手にひとつずつアイス最中の袋をかざしている。

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