7-2
お盆の終わった八月十六日の午前中――。
あれ以来まだ健斗と連絡を取っていない。もし危惧したとおりの返事が返ってきたときのことを考えると、とても素直に電話をかけることはできなかった。
どうしたらいいのだろう――そんなことを考えていると、ふいにスマホが鳴った。私は急いで手にすると、電話をかけてきたのは健斗ではなく、幸希だった。
「先輩、きょうの朝刊見ました?」
幸希の上擦った声に何かあったことが直感的にわかった。
「いや、まだ読んでないよ。何かあったの?」
そういえば、いつも日課のように新聞を広げていた私だったが、きょうに限ってまだ読んでなかった。
「山中キャプテンが大変なんです。詳しい話はそっちに行ってから話します。いまからそっちに行っていいですか?」
「いいよ。それまでに新聞読んでおくから」
電話を切った私は、急いでリビングのテーブルに置いてあった朝刊を手にした。社会面の中央あたりに『女子高生が行方不明』という見出しで、三段抜きで載っていた。警察のコメントには、事件と事故の両面から捜査を開始したとあった。私は記事を読み終えたあと、やっと明るみに出たという安心感と、この先どうなるのだろうという不安感が綯い混じりになると同時に、躰が糊で固められたみたいに強張った。
玄関のチャイムが鳴った。幸希が来たらしい。
「先輩、読みました? キャプテンの記事」
「読んだわ。行方不明になってるらしいわね」
「なに落ち着いた言い方してるんです? ひょっとして殺されているかもしれないんですよ。テレビのニュースでもやってましたけど、十日も前のことなんですって、キャプテンが家に帰らなくなったの」
私は、十日も経って新聞に載ったのは、誘拐の線もあって警察が報道管制を敷いていたためだといま気がついた。だから毎日新聞に目を通しても載ってなかったのだ。
「そうなんだ。このところ毎日読んでたんだけど、きょうだけ見てなかった。あんたにいわれてはじめて知ったよ」
「私も、昨日広島から帰ったばかりで、疲れて朝ゆっくり寝てたら、新聞を読んだお父さんがお母さんに訊いたらしいんです。これって私の学校生徒のことじゃないかって。びっくりしたお母さんが私の部屋に駆け込んで来て、そいではじめて知ったんです。これからどうしたらいいんでしょう? 私たち」
幸希の気持が揺れ動いているのは話し方でよくわかった。ここは悟られないためには私も同じようにしたほうがいいのだろう。しかし私は女優じゃないから上手く演技をする自信はなかった。
「でもどうしようもないじゃん。だって警察がわからないからああいう記事が載るんでしょ? ここは下手に素人が動かないほうがいいと思うよ」
私はできるだけ関わって欲しくないと思った。
「そうでしょうか?」
「そうよ。そのほうがいいに決まってるよ」
私がそういったとき、ふたたびスマホが鳴った。今度こそ健斗に違いないと思い、リビングの椅子から立って幸希から離れようとすると、またしても健斗ではなくバスケ部の佐々木部長からだった。私はがっかりしながら椅子に戻る。電話の内容は聞かなくてもわかった。部長は先生からいわれてクラブ員に電話をかけまくっているのだろう。事務的な口調で話すせいか、一向に緊迫感が伝わってこなかった。私は面倒臭くなって、何かわかったらすぐに連絡するといって電話を切った。
しばらくすると、今度は幸希のスマホに部長からかかってきた。幸希は神妙に話を聞いていたが、最後は私と同じ言葉を返していた。
「あッ、先輩、私忘れてました。これ、広島のお土産で、あの有名なもみじ饅頭です」
「へえッ、これがもみじ饅頭なんだ。テレビで見たことはあるけど、実際に見るのははじめてだよ」
「まあ、東京でいったら人形焼みたいなもんです。味もそれほど変わりません」
「ちょうどいいよ。何かお腹が空いてきたから早速食べようよ。いまジュース出すから待って」
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