6-4
朝、私はリビングで新聞を広げ、貪るように三面記事に目を通していると、
「珍しいこともあるもんね、麻柚が真剣な顔をして新聞を読むなんて」
と、いいながら会社が休みのお姉ちゃんがコーヒーを淹れてくれた。パパも休みだが、相変わらず朝は遅い。
「うん、夏休みの課題でちょっと調べなきゃなんないことがあってさ」
私は、紙面に嘘の顔を落としたままで答えた。前に坐ったお姉ちゃんは、そのあと黙ってコーヒーを啜っていた。
夏休みの課題なんて真っ赤な嘘だ。新聞記事に目を通しているのは、先輩に関わる記事が載ってないかを調べている。このところ朝夕欠かさず社会面に目を配らせるのだが、それらしき物は一向に見当たらなかった。不思議なもので、最初はあんな先輩どうなったっていい、私ばかりじゃなくバスケ部のみんなにとっても必要のない人間だと思い、このまま何もなかったように時が過ぎればいいと願ったものの、あまりにも紙面が平穏過ぎて、まるで世の中から無視されたようでやたら気になった。
このところ得体の知れない焦燥感に日増しに不安が募り、胸が締めつけられることもしばしばで、この気持を吐露できるのはママしかいなかった。
私は午後からママの家に向かった。
最近は様子がわかっているので、玄関の戸を開けると、小さく声をかけて勝手に上がり込む。トイレにでも入っているのだろうかと思いつつ、先輩のことが気になって襖に手をかける。恐るおそる開けたとき、私は一瞬頭が真っ白になった。
部屋が跡形もなく奇麗に片付いていたのだ。
わけがわからないまま呆然と佇んでいると、背後にひとの気配を感じた。
振り向くと平然とした顔でママが立っていた。私は、ママの顔を見た瞬間これまで必死でこらえていた気持が一気に噴出し、ママの胸に跳び込んで幼子のように大声で泣いた。泪は止めどなく流れ落ちた。ママは、私をしっかりと抱きしめて優しく髪を撫でてくれた。忘れていた子供のときのことがふと浮び上がった。さらに感情が躰を小刻みに震わせた。何とか気持を落ち着かせてママから離れた私は、へたへたと坐り込んだあと、
「ママ、どうしたの? 先輩」と、隣りの部屋を指差して訊いた。
「もう用がなくなったし、いつまでもここに置いておくわけにもいかないから、あの子には気の毒だけど昨日処理したわ」
「処理?」
「そう、遺体は裏庭に埋葬して、着衣は細かく裁断して、そこのビニール袋入れてある。これから少しずつ焼却しようと思ってる」
「そうなんだ。でもバレないかそれが心配で、私毎日新聞記事に目を通してるんだけど、全然載ってないから逆に気になって……」
「大丈夫よ。ここは普通の人間では絶対に入れない世界だから、心配はいらない」
「でも、私も普通の人間だけど、こうやってママのところに通ってるじゃない?」
ママの言葉に多少安心はしたものの、それでも幾らかの危惧は胸裡に貼りついている。
「麻柚は特別なのよ。あんたは特殊な能力を授かったからここに来られるけど、他のひとはそういう能力を持ったひとと一緒にじゃないとだめ。その証拠に、あの子は何の疑いも持たずにあんたについて橋を渡って来たじゃない」
「そうか、特殊な能力か――。そうだよね、だってある日突然いままで見えなかった橋が見えるんだもん、びっくりするよね。それはそうと、先輩の家のひとは今頃大慌てしてるんじゃないかなァ」
「そりゃあそうよ。もしママがその立場だったらとっくに気が狂ってる。でも、世の中には必ずプラスとマイナスが存在するから、仕方がないといえばそれまでね」
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