5-5

 次の日、パパとお姉ちゃんが仕事に出たあと、私は家事をほったらかしたままママの家に向かう。けさの私は、心臓を掴まれるような昨日の緊張感とはまるで違って、嵌まり込んだテレビ・ゲームでもする気持で、彼女のその後とママがどう変化しているのかをいち早く見定めたかった。

「ママーぁ」

 私は玄関先に佇んだまま大きな声で呼んだが、しばらく何の返事も返ってこなかった。スニーカーを脱いで上がろうとしたとき、物音が聞こえてママがやっと姿を見せた。私はママの顔を見た瞬間、一瞬自分の目を疑い、口を半ば開けたまま呆然とした。ママは昨日までのママとはまるで違っていたのだ。あの皺深い顔や染みの浮き出た腕は跡形もなくなり、身のこなしも昔のママに戻ってる。ママの顔を見たとたん、山中先輩のことなどすっかり忘れて有頂天になってしまった私。そのあと嬉しい反面、何か身を揺るがす畏怖を感じなくはなかった。

「ママ!」

 私はその言葉しか出てこなかった。

「そんな顔して――信じられないといった顔してるよ、麻柚」

 話し方さえ昨日とは別人と思えるくらい違っていた。老人のもたもたとした話し方ではなくなっている。

「だって――」

「麻柚のお蔭でここに来たときの私に戻ることができたわ。本当に感謝してる。犠牲になったあの子には悪いけど――」

 口では同情を表しているママだが、目元はそうはいってなかった。

 座敷に坐っていると、ママは昨日忘れていったオレンジ・ジュースを出してくれた。私はそれを口にしながら隣りの部屋が気になった。

「彼女どうなった? ちょっと見てもいい?」

「やめといたほうがいいと思うよ。もう昨日までのあの子じゃなくなっているから――」

「でも、気になって夜も眠れないし、どうなったか見届けたいの」

「麻柚がそこまでいうんだったら、気のすむようにしたら」

 私は、ママの言葉が終わるか終わらないうちに立ち上がっていた。襖に手をかけ、そっと開けてみると、カーテンに閉ざされた薄暗い部屋の真ん中に、躰は薄手の上掛けに覆われ、顔には白布のかけられた山中先輩の変わり果てた寝姿があった。部屋に充満している異様な空気に一瞬入るのを躊躇したが、思い切って足を踏み入れた。

 枕元に腰を降ろして手を合わせ、白布の端を摘んでそっと捲ったとき、私は予想だにしなかった先輩の変貌ぶりに固唾を呑んだ。私の目の前にあったのは、頭骨に土色をした皮膚が貼りついた貌で、それはまるで死人しびとのではなく、何百年もの間隠蔽されていたミイラのようだった。たった一日のことだが、腐敗も糜爛びらんもないままただの固体になってしまった先輩。私はまともに彼女の貌を見ることができず、慌てて白布を元に戻すと前よりも強く手を合わせ、枕元にあった線香に火を点けると、もう一度強く合掌した。

 私は衝撃を受け、蒼白な顔になって座敷に戻った。そこにママの姿はなかった。目の前の衝撃的な光景に烈しく叩く心悸が胸を締めつける。瞑目したまま気持を鎮めながらゆっくりと顔を上げ、縁側に視線を移す。

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