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 山中先輩はまんまと私の口車に乗った。先輩はもう二度とこの橋を渡って戻ることはない。想像していた以上に簡単に事が搬んだからか、いままでなかなか剥がれ落ちない瘡蓋みたいにしつこくあった胸の中のシコリが消え去り、新しい私に生まれ変わった気分になっている。

 あんな言い方をしなければこんな目に会うこともなかったのに、たまたま――というより生まれ持った資質なのか、それとも親の育て方が悪かったのかわからないが、原因はともかくも彼女はこの世から去った。当然のことだった、と私は思っている。


 【夾竹桃――きょうちくとう】

  インド原産のキョウチクトウ科の常緑低木で、樹高3~4メートル。

  花期は7~10月で、庭や公園に植えられる。葉は細く革質で3葉ずつ輪生。

  花は径4~5センチで高杯状。色は普通紅色だが、他に白、淡黄、八重もあ   る。

  種子、および木部に有毒物質ストロファンチンを含み、心臓強壮剤、利尿剤、  麻酔剤に用いられ、アフリカ先住民は矢毒として用いた。

 

 私は家に戻るとすぐ、気になった夾竹桃のことを百科事典で調べてみた。

 ママがいっていたのはこのことなのか――百科事典を読みながら、先ほど起こった出来事を思い返してみる。苦しさに胸元を掻きむしる山中先輩の姿が映り上がった。改めて自分のしたことの重大さを思い知った。

 気持を他に向けようと勉強机に向かい苦手な数学に取り組もうと参考書を開いたものの、ひとをひとり殺めたという気持の昂ぶりからか、何度も大きな呼吸を繰り返すばかりで、方程式を操ることなどまったくできなかった。

 あきらめて参考書を閉じると、ふいにシャワーを浴びたくなった。お風呂場に行きこれまで躰に染み込んだすべての物を洗い落とすかのようにボディ・シャンプーをたっぷりと振りかける。柑橘系の爽やかな匂いに酔いしれながら私は熱い雫を目一杯受け止めた。

 浴室を出ると、気分転換が功を奏して気分が軽くなった。いつもならすぐに下着を着け、パジャマに袖を通すのだが、この時間ではパジャマは早過ぎる。かといってTシャツも着たくない。しばらく素裸のままでいたいと思った。洗面所でお姉ちゃんのドライヤーを拝借して髪を乾かしたあと、キッチンに行って冷蔵庫からコーラを取り出す。グラスに分けず直接ボトルに口をつけた。咽喉の奥で炭酸がはちきれながら降りてゆく。気がつくと、足を肩幅より少し広めになり、右手を腰に当ててボトルを呷った。そんな自分に気づいて思わず苦笑する。

 ボトルを手にしたままリビングでバレエのピルエットみたいにくるくると廻った。そのまま倒れながらリビングのソファーに腰掛ける。エアコンからの冷気が頬を掠めた。背もたれに躰を預けると、いままでに感じたことのない冷たさに思わず身をすくめる。

 片足をソファーに上げて横になると、半分ほど残っていたコーラを一気に飲んだ。傍から見たら顰蹙をかう姿なのかもしれないが、いまの私にとってそんなとどうでもいい。なぜこれほどまで大胆になっているのか自分でもわからない。生まれて以来知らず知らずのうちに躰の中に染み込んだ禁忌(タブー)を犯したことが切っ掛けになっているのだろうか。

 私は、何かからの呪縛が解き放たれたかのようなさばさばした気分がそうさせたのか、知らぬまにうたた寝をしてしまった。どれくらい眠っただろう、躰が冷え切ってしまい身震いと共に目を醒ました。

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