5-2
この機会を逃したら二度と訪れることがないと思うと、身をしびれさすような焦燥感が泪にかわった。そんな私の姿を見たからか、それとも少しでも私たち家族の近くにいたいと思う気持が強くあったのか、最後は諦めて私の計画を聞き入れてくれた。もちろん山中先輩はこのことを知る由もない。
山中先輩を座敷に招じ入れると、ママは軽く会釈をして台所に姿を消した。
「ママーぁ」と大きな声で呼ぶ。
「あれッ? ママって、あんたのママは一年前に交通事故で亡くなったんじゃなかった?」
「あ、いや、家はお婆ちゃんを大きいママ、お母さんを小さいママって呼んでるから、ちょっと間違えちゃった」
いまのママ容姿からしておそらく気づかないだろうが、私はどぎまぎしながら答えた。
「ふうーん」
山中先輩の気のない返事に胸を撫で下ろした。
ママが台所から戻ると、私はオレンジ・ジュースのペット・ボトルを、ぬるくなったから冷やしておいて欲しいと手渡した。
「話って?」山中先輩はじりじりとした様子で催促をする。
「じつは、私、バスケ部辞めようと思うんです」
「何で? 体調でも悪いの? それとも何か気に入らないことがあった?」
山中先輩は、いけしゃあしゃあと自分が原因ではないといった態度で訊く。私は、後輩の面倒もまともに看られないあんたのせいだ、と咽喉まで出かかっていたが、ぐっとこらえた。
「確かに、この間のトレーニング最終日のように体調もよくないこともあるんですが、進学のことを考えると、私の実力ではいまから必死に勉強しないと間に合わないんです」
私は、これまでずっと頭の中でシミュレーションしてきたことを台詞でもいうみたいに話した。
「そういうことなら、別に強制してるわけじゃないから、思ったとおりにしたらいいんじゃない? 誰か引き止めるひとはいるかもしれないけど、私はしない。だって、辞めたいと思ってる部員を無理やり引き止めて、もしそれが原因でクラブ全員がばらばらになるのは賢明じゃないでしょ」
「よかった。これで胸がすっきりしました。いままでずっと悩んでたんです。でもまずは先輩に話してみようと思って、ここに来てもらったんです」
話の経緯を覗っていたのか、タイミングよくママがお茶を搬んで来た。
「まだジュースが冷えてないようだから、あまりおいしくないけど、それまでこれで我慢してくれる? 珍しくはないでしょうけどカステラもどうぞ」
そういいながら湯呑を私たちの前に置いた。お茶は薄い色をしていた。しばらく遠慮をしていた先輩だったが、余程咽喉が渇いていたのか一気に半分ほど飲んだ。
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