episode 5 呼び出し

 月曜日の午前中、私は家から離れたところの公衆電話から電話をかける。先方のスマホに着信履歴が残るのを恐れたからだ。

「もしもし、山中キャプテンですか? 二年の佐伯麻柚です。クラブのことで先輩に話があるんですが、きょうお昼から時間ないでしょうか?」

 私は烈しく打つ動悸が聞こえないかと思うくらい緊張している。

「ああ、佐伯か。話ってなに? そんなに大事な話なの?」

 山中先輩は、相変わらずぶっきらぼうな言い方をする。

「はい。どうしてもキャプテンに聞いて欲しいことがあるんです」

「しょうがないなァ。で、どうすりゃいい?」

 私は待ち合わせ場所と時間を告げると、ほっと胸を撫で下ろし、薄笑いを浮かべながら電話を切った。

 待ち合わせの場所は、国道の橋のたもと。時間は午後の二時とした。

 私は少し早めに着いたが、山中先輩は約束の二時になっても現れる気配がなかった。家に行ってから飲むつもりで、近くにあった自販機でオレンジ・ジュースを一本買う。あの先輩のことだからひょっとしてドタキャンする可能性がないこともない。そんなことを考えながら炎天下でひたすら待ちつづけた。しばらくして向こうから、黄色いTシャツにコットン・パンツで、まったく急ぐ素振りもないまま自転車でこちらに向かって来る山中先輩の姿があった。つと腕時計を見ると、約束の時間より二十分過ぎている。

「ってか、話ってなに? わりと急いでるから、早めにしてくれないかな」

 山中先輩は、ひとを待たせたことなどこれっぽっちも悪いと思ってない言い方だった。

「すいません、夏休みに呼び出したりして。でもどうしても先輩に相談したいことがあったんです」

 先輩面をした口調に内臓が熱くなるのを覚えたが、ここは辛抱して下手に出ようと思った私。

「いいけど、なるべく早くしてよね」

「わかりました。でもここではちょっと話しにくいので、この先に私の家がありますから、そこで……」

「しょうがないなァ」

 私が先になってドロ川の堤を自転車で走りはじめる。

「まだなのォ?」

 私は聞こえない振りをして走りつづけた。

 橋のたもとまで来たとき、「この橋を渡ったらすぐです」と振り向き様にいった。山中先輩はろくに返事をすることもなく、相変わらずの仏頂面でついて来ている。

「ここです」私は自転車を降りながら笑顔でいった。

 ママには午前中にこのことを話してある。そのときのママは、そんな大それたことを――、と険しい顔で猛反対をした。しかし私は頑として譲らなかった。これ以上年老いたママの顔を見たくなかったし、もっとずっと長く一緒にいたかった。それに合わせて、いまでもあの電話でいった山中先輩の言葉を忘れることができない。この世の中に必要のない人間だから、最後にひとつくらい世の中に貢献してから死ねばいいと思っている。

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