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 私たちはあの橋とは反対方向の川下に向かってのんびりと歩き出す。こちらのほうには用がないのでほとんど足を延ばしたことがない。アスファルトが尋常じゃない熱を放出している。両岸から伸びた夏草が川面に影を拵えている。工場を想わせる向こう岸のコンクリート・パネルの塀は、どこまでも途切れることなくつづいていた。

「ねえ、幸希さあ、この塀の向こうって何があると思う?」私は直球を投げた。

「さあ? そんなこと考えたこともありません」

「そう? もしピーターパンに出てくるネバーランドみたいなのがあったらどうする?」

「そんなところがあったら行ってみたーい。でもどう考えてみても無理なことですよね」

「わからないよ。ひょっとして、この長くつづく塀の向こうにそんな素適な国があるかもしれない。だって確かめたわけじゃないから何ともいえないしさ」

 私たちはしばらく歩きつづけたが、コンクリートの塀は硬く閉ざしたままどこまでも連なっていた。

  

 やはりきょうも夕食にパパは間に合わなかった。明日焼肉を食べに行くことになっているので、きょうの夕飯は質素だったが、パパには内緒というのが三人の間の不文律となって、お姉ちゃんが会社の帰りに買ってきたフルーツ・ババロアで、女だけの宴を繰り広げることになった。幸希はしきりにパパへの気づかいを見せたが、お姉ちゃんと私が口を合わせるようにして、「こういうのは、男がいないほうが甘さが口に拡がるのよ」と、都合のいい理屈を並べて幸希をリラックスさせた。

 女性三人の話題といったら、決まって食べるものについてだった。それも、いま目の前にスイーツがありながら、どうしても話がそっちに傾いてしまう。取り留めのない食べ物の話あっという間に時間が経ち、掛時計を見るとすでに夜中の十二時を廻っていた。お姉ちゃんにいわれて私たちふたりは二階の部屋に引きこもった。 お姉ちゃんは、片付け物をしながらパパが帰るのをもう少し待つといった。

 部屋に入った幸希は、床に蒲団を敷いて寝るといって譲らない。私は、あんたはゲストなんだからベッドで寝なさいと曲げることをしない。散々いい合った結果、多少窮屈ではあるが、枕を並べて一緒に寝ることにした。

「ねえ、幸希、あんた『あの世』って信じる?」

「先輩、どうかしたんですか?」

「どうして?」

「だって、さっきから変なことばかりサキに質問するんですも」

「別にィ。ただそんな話がしてみたかっただけ」

 私は一瞬どきりとして返事に困ったけれど、何とかうまくごまかした。

「『あの世』って、死んだひとが行くところのことですか?」

「そう。よくいうでしょ、『霊界』とか『黄泉の国』とか『極楽』とか『地獄』とかさ」

「私にはよくわかりません。テレビなんか観てると、ひょっとしてそんな世界があるかもしれないって思うこともあるけど、実際に自分の目で見たわけじゃないから……」

「確かにそうだよね」

 私は、幸希とカレーの食材をスーパーに買いに行った日に見たことが咽喉元まででかかったが、それを話したところでおそらく信じてはもらえないだろう――。

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