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「ねえ、幸希、夕方まで時間があるから、少し外の空気を吸いに行こうよ」
「いいですよ。どこに行きます?」
相変わらずノリのいい幸希だ。こういうところが先輩たちに好かれる要因に違いない。
「ドロ川の堤でも歩いてみようか」
「あの川に何かあるんです?」
「いや別に……」
私は言葉に詰まってしまった。私は、気づかないうちにドロ川に架かる橋から向こうにひとつの世界を拵えてしまっている。ママにあの話を聞かされてからことさら強くなっている。なぜあそこに行こうといってしまったのだろう、自分でも不思議に思えた。
玄関のドアを開けたとたん、庭の桜の木に集いていたアブラ蝉の嗄れ声が頭から降りかかった。
きょうは自転車ではなく歩いて堤に上がった。視線の先には微かに国道の橋が見える。道の川に近付いてあの橋があるのを確認する。本当に自分だけにしか見えないのかを確かめたかったが、この前何気なく訊いてしまったという経緯があるためにふたたびあからさまに訊ねるわけにはいかない。
「ねえ幸希、川の上流に何か見える? 順番にいってみて」
「ええッ、ここから見えるものです?」
「そう。幸希の視力を試してあげるからさ」
私は上手い口実を見つけたものだと自分ながらに感心した。
「最近目が悪くなって、あまり遠くがみえなくなったんですよね。……いいますよいいですか先輩?」
「OK、いつでもいいからいってみな」
そういいながら私はそろりと幸希の背中に廻った。幸希はいわれたまま国道に目を向けたままでいる。
「まずゥ、いちばん向こうに国道の橋。その手前に土砂が堆積した川岸があります。その近くに餌を捜している鳥が一羽水の中にいて、その反対岸はコンクリートの塀がずっとつづいていて、途中に排水口から水が流れ出ているのが見えます」
「うん。他には何か見えた物はない?」
私はその瞬間目の前が真っ暗になった。生理のときに貧血を起こして同じような症状になったことは何度もある。でもきょうのはそれとは違った。確実に少しずつ躰が変化しているのに意識しはじめている。
「いえ、他に目立つものはありませんよ」
幸希は私の躰の異常に気づかないまま平然と答える。
「悪いといっても、まあまあ遠くまで見えてるから、いまのところ心配いりませんよ」
私は、気づかれないためにふざけて眼科医の口調をまねた。幸希はまだ国道のほうに視線を投じている。
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