3-2

 インスタント・ラーメンで昼食をすませると、戸締りをして家を出た。

クリーニング屋に行こうとしている。自転車カゴに洗濯物を入れたビニール袋を入れると、ほとんどはみ出した。真上から針のような夏の光りが容赦なく刺し貫いてくる。しゃきしゃきとした午後の光りの中、ブレーキを操りながらゆっくりと坂を下って行く。

 クリーニング屋は、堤防の下の道路を左に折れてしばらく行った左側にある。そこへはどうしてもこの道を通らなければならない。パパの言葉を思い出しながら、ときどき後ろを振り返りつつクリーニング屋まで急いだ。代金を払って伝票を受け取ったとき、店員が三日後に仕上がりますと告げた。

 店を出て家に戻る途中、ふと昨日のドロ川に架かっていた橋のことが気になった。いつもの堤に上がる坂道を自転車から降りて昇る。堤に上がってふたたび自転車にまたがると、川を見ながらおっさんがするみたいにゆっくりとした調子で進めた。徐々に昨日の場所に近付いているのだが、一向にそれらしき橋は見えない。

 昨日より少し離れたところに佇み、遠いことのように思い返す。やはり病み上がりのせいで幻想でも見たのかもしれない、と自分を納得させながら自転車から離れた。

 澱んだ川面にガラスのビーズがキラリと光った。とても眩しかった。あまりの眩しさに思わず目をつむってしまった。


 ふたたび目を開いたとき、私は目の前に見える光景を見て、幻想でなかったことを確信した。

 この前見たのと同じ木造の橋がいま目の前に架かっている。

 腰の高さにある欄干は長年風雨に晒されつづけてきたために、老婆の皮膚みたいに干割れていた。好奇心に誘われて、橋を渡ってみたくなった私が自転車に手をかけたとき、川上のほうから中年のオバさんが喘ぎながら走って来る姿が見えた。

私は何気ない素振りを見せてオバさんをやり過ごしたあと、おもむろに橋に近付き、恐るおそる足をかける。橋はひと足ごとに軋みを上げた。

まるで私に何かを忠告しているふうにも聞こえた。

 中程まで来たとき、目を細めてしげしげと前方を眺める。まっすぐと道がつづいていた。陽炎のせいか、景色がグラデーションのように霞んで見えた。

私の記憶の隅にあるのは、川に沿って延々とコンクリート・パネルの塀がつづいている風景しかなく、こんな橋などなかった。まるで取り留めのない夢でも見ているようだ。

 橋を渡り切ったとき、以前に嗅いだことのある匂いが鼻腔を掠めた。懐かしさに見舞われたが、はっきりと思い出すことができない。

アスファルトではなく、コンクリートで押さえられた道は、五十メートル先でT字路になっているらしい。その手前に一本四ツ辻があり、私は街並を眺めながらゆっくりと自転車を引いてそこまで来ると、何となく左に折れた。

 川に平行して伸びる一本の道。車がやっとすれ違えるくらいの幅しかない。道の両側にはどこにでもある住宅が建ち並んでいる。

 気がつくと夏の風物詩ともいえる蝉の鳴き声がまったく聞こえてこない。それと、夏の昼下がりということもあるのだろうか――ひとの姿もそうだが、犬一匹歩いていない。まるで別世界に身を置いているようだった。

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