episode 3 木の橋

 朝起きると烈しく雨が降っていた。

 窓の外は薄墨を流したように暗い。まるで壺の底にいる気がした。お姉ちゃんは朝ご飯の支度をしながらしきりに空模様を気にしている。パパは難しい顔で新聞に目を通している。じっくりとはいわないけれど、パパとはこの時間くらいしか顔を合わすことがないので、少しは話をして欲しいと思った。でもその姿は、横から言葉をかけられそうもないくらい真剣だった。まあ、いつものことなのだが……。

 パパは新聞をたたむと反動のように腕時計を覗きこみ、「さあ、行くぞ」とお姉ちゃんに声をかける。「ちょっと待ってよ」といいながら急いで朝食を掻き込む。パパに置いて行かれると、電車賃をつかって身動きできない満員電車で出勤しなければいけない。特にきょうみたいな日にはなおさらだ。お姉ちゃんは、それを思えば少々急かされても充分に見返りがあると計算しているに違いない。

 ダイニングの椅子から立ち上がったパパは、背広の上着を手にすると、「先に車で待ってるから」といい残して玄関を出る。お姉ちゃんは、「あと、頼むわね」と、化粧気のない顔でパパのあとを追う。化粧の仕上げは車の中でするのが日課となっているのだ。

 パパは、「自分の娘でありながら、車に乗るときと降りるときの顔を落差にびっくりするワ」と事あるごとに洩らす。

 火事場みたいにあわただしい朝の時間が過ぎると、いままでが嘘のようにまったく音がなくなった。何気なく窓の外を見ると、日が射して明るくなっている。信じられないくらいおかしな天気だ。すべてが洗い流された庭の木々が朝陽を含んできらきらと耀いている。よかった、これならお洗濯ができると内心喜んだ。

ふと幸希の言葉を思い出した――まるで主婦みたい、って。

 洗い物をすませた私は、洗濯物を洗濯機に放り込んだあと、パパの寝室に行ってスーツを取って来る。それと他にワイシャツとネクタイをクリーニングに出さなければいけない。ビニール袋に押し込んでいつでも持ち出せる用意をした。

 簡単に部屋の掃除をすませ、洗濯物を干し終わってしまうと、なぜか勉強をする気にもなれず、テーブルに肱をついたまま漫然と窓の外を眺める。あっという間に過ぎたり、身のやり場に困るくらいやたら長かったり、まったく時間の感覚がおかしくなっている。

 久しぶりに声が聞きたくて健斗に電話をしてみる。

しかしせっかく電話したにもかかわらず、何度呼んでも健斗は出なかった。

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