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「そんなァ。麻柚先輩がクラブ辞めるんでしたら、私も一緒に退部します。だって先輩がいなくなったら、私の目標がなくなります」

「嬉しいこといってくれるじゃない。でも、いまも話したけど、キャプテンにそこまでいわれて、はいそうですねってやれると思う? もう少し別の言い方があると思うな。それとも、ひょっとして私を奮起させる意味で、あえてそういう厳しい言い方をしたんだろうか」

「そうですよ。きっと、そうです。先輩に活を入れるつもりでいったんですよ」

 幸希は私を慰めるのと、思い留まらせるために一生懸命だというのがひしひしと伝わってくるのだが、私が電話で聞いた印象ではそうは取れなかった。

 生前ママは事あるごとに私にいって聞かせた。ひとは十人十色だから自分の気に入る人間ばかりはいない。ひとの悪口をいえば、廻り廻って自分に戻ってくるんだからね、と。それがあってというわけではないけれど、私はこれまでひとのことを悪くいったことはない。しかし、あの山中キャプテンの電話での言い方には許せないものがあった。

――

 話に夢中になっていて、ふと時計に目をやると、すでに午後の三時を過ぎていた。

「あッ、やだ、もうこんな時間」

「すいません。先輩やることがたくさんあるのに、ついつい話し込んじゃって……」

 私につられてスマホの時計に目を移した幸希が申しわけなさそうな顔をした。

「いいんだけどォ、もう少ししたら買い物に行かないといけないんだ。きょうの夕飯はビーフ・カレーを造るの。そうだ、幸希、あんた一緒に晩ご飯食べてかない?」

「ええっ、だってェ」

「せっかく来たんだしさ、ひとりで造るよりふたりのほうが楽しいじゃん。それにカレーってたくさん拵えたほうがおいしいし、ね、そうしたら?」

「迷惑じゃないです?」

「そんなことないよ。そうと決まったら、家に電話しな、ご飯食べてくって」

 幸希は躊躇することなくスマホを覗くと、髪の毛を避けながら耳にあて、小声で話した。話し相手に何かいわれているようだ。しきりに細かく頷いている。


 電話をすませた幸希と私は、玄関にカギをかけると、自転車でスーパーに向かった。

 家の前の緩やかな坂を降りきると、ドロ川の堤防に突きあたる。堤防と平行して道路が走っているが、ママの事故以来その道ではなく、上の堤を走るように口酸っぱくパパにいわれている。

 自転車を引きながら堤にあがった。それだけで額に汗がにじむ。急に空が広くなった。西の空にはいくつも積み重なった夏雲が沸きたっていた。ふたたび自転車にまたがり、ふたり並んで走っていたとき、私は見慣れない光景に思わず自転車を停める。

「先輩、どうかしました?」五メートルほど先で幸希が振り返りざまに訊いた。

「いや、何でもないよ」と、私は答える。

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