episode 2 カレーライス

 朝、いつものように車でパパとお姉ちゃんが一緒に出勤したあとは、後片付けの仕事が待っている。洗い物をすませ、洗濯機を廻しながら掃除機をかける。ふと手早く家事をこなす自分がベテラン主婦に思えた。思わずくすりと笑ってしまう。

 ひととおり家の用事をすませると、部活を休んだことが気になって仕方ないので、バスケット部の山中キャプテンにお詫びの電話を入れることにした。

「あっ、キャプテンですか? 佐伯麻柚です。昨日はすいませんでした、クラブ最後の日だったのに、熱を出して休んでしまって……」

 私は素直な気持で電話を入れたつもりだったのだが、キャプテンから帰ってきた言葉は意外だった。

「あんたねェ、強化トレーニング最後の日に休むなんて最低だよ。たるんでる証拠。普段の練習のときもだらだらとやってるし、メンバーの中にそういった人間がいると、全体の指揮に影響するんだ。やる気がないんだったら、辞めてもいいんだよ。あんたのかわりは幾らでもいるんだからね」

 私はあまりのいわれかたに悄然とし、返す言葉もないままに「すいませんでした」と短くいって電話を切った。キャプテンの口振りからして、どんな言い訳も通用しないことがはっきりとわかった。

 スマホを置きながら放心する。この一年ママの死に直面しながらも辛い練習に堪え、いわれたわけではないけれど、二年生になってからは先輩と新入部員のパイプ役として務めてきた。練習だって山中キャプテンがいうほど怠けてないし、自分なりに一生懸命やってきたつもり。それなのに傷つくほどのいわれ方をした私は、これから先のことを考えると、目頭が熱くなってぽろぽろと泪がこぼれた。

 泪を拭うこともしないままただぼんやりと庭先を眺めていたとき、突然玄関のインターホンが軽やかな音を弾ませた。慌てて受話器を外して対応する。

聞こえてきたのは幸希の明るい声だった。

 急いで玄関のドアを開けると、白地にネコの絵が書かれたTシャツにジーンズで門扉のところからこちらを見上げている姿があった。私は家の中に入るように手招きで呼ぶ。

 幸希は自転車に鍵をかけ、五段の階段を軽やかに昇ると、鼻の頭に細かい汗の粒を浮かべた顔で大きく息をしたあと、弾むような笑顔でいった。

「麻柚先輩、サキ心配しました。でも元気そうなのでちょっと安心しました」

 昨日の晩、心配した幸希からLINEが入っていたので、たいしたことないよ、と返信を送っておいた。


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