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駄菓子屋で一時間以上話し込んだ。
店を出ても、夏の太陽が最後のちからを振り絞るかのように灼熱の光りをそそいでいた。せっかく落ち着いていた体温が一気に沸騰しはじめる。思わず額に手をやってしまう。
帰る方向が同じだったから途中まで一緒に帰り、幸希の家の近くで別れた。
私は急いで自転車をこぎ、いつもの川に沿う堤を家に向かう。
この川の正式な名前を私は知らない。風向きによっては饐えた匂いがあたりに漂うこともしばしばで、川幅七メートルの澱んだその川を、みんなは「ドロ川、ドロ川」と呼んでいた。
堤を走っていると、思い出したように土手の夏草の放ついきれが青臭さを伴って覆い被さってくる。しばらく走ってそろそろ下の道に降りなければと思ったとき、ハンドルを握る右腕に刺すような軽い痛みを覚えた。
走りながら痛みの部分に目を向けると、何とそこに朱色地に黒い斑点のドレスを着飾ったナナホシテントウ虫がとまっていた。一見すると、白い腕の朱と黒のブローチはお洒落にも見えたが、そんなことよりも痺れるような刺激に思わず自転車を停め、指で弾くのが可哀そうに思えた私は眩暈がするくらい思い切り息で吹き飛ばした。
刺激を感じた部分を二、三度指先で擦ってからふたたび自転車をこいだ。
家に帰って炊飯器のスイッチを入れ、吸い物を拵える。きょうの私の分担はここまで。あとは会社から戻ったお姉ちゃんがおかずを拵える段取りになっている。
このところ平日にパパと三人で夕食を食べたことがない。パパがチャイムを鳴らすのは、決まって十時を過ぎる。
七時近くになってお姉ちゃんが会社から帰ってきた。
「遅かったね」
「ごめん。帰る間際になって課長が用をいいつけるもんだから、会社を出るのが遅くなっちゃった。そのかわりきょうはふんぱつしたからね」
お姉ちゃんがスーパーのビニール袋から取り出したのはうなぎの蒲焼だった。
会社の帰りにスーパー・マーケットででき合いのを買って来た。
お姉ちゃんはどこで覚えたのか、買って来たうなぎに日本酒をかけ、フライパンの上に載せて軽く蒸し焼きにした。
「きょうもパパ遅くなるみたいだから、先にやすんでくれって、携帯に連絡が入ったわ」
「パパ、この熱いのに毎日大変だね。ねえ、今度の休日にパパに何か元気の出るものを造ってあげようよ」と、私。
「いいよ。いいけど、かといって何拵える? パパさァ、最近食欲が減少気味なの。麻柚は何が喜んでくれると思う?」
「そうねェ、私が思いつくのは、ニンニクを効かせた焼肉かしゃぶしゃぶくらい。あと、レバニラ炒めかな」
うなぎの蒲焼を頬張りながらする話じゃなかったが、いつもふたりで食事するときはパパの躰のことに話題が偏った。これは母親を亡くした寂しさからくるものでしかなかった。
「うん、うん。どれもいいじゃない。一度お父さんに訊いてみるわ。それはそうと、あんた明日がクラブ最後の日でしょ? 早くお風呂に入って寝なさいよ」
お姉ちゃんは、まるでママが乗り移ったと錯覚するほどの口調でいう。
「わかったわ」
私は姉の苦労がよくわかっているから、ほとんど、いや、まったくといっていいほど口答えをしたことがない。姉の頭の中には、この家のことを中心にしたスケジュールが組まれていると思っているから。
なぜかきょうはパパの顔と話がしたい心境だったが、十時過ぎても戻る様子はなかった。諦めてお風呂に入ることにした。躰を流して浴槽に躰を長めているとき、自然と左手が右腕を掻いた。気がついてその部分を見ると、小さな湿疹が赤くなってできていた。テントウ虫に刺されたところだ。もう痛みはなかったが、ただ皮膚のその部分だけが赤く染まっていた。
その時点では、こんなことになるなんて夢にも想わなかった――。
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