第687話 令和3年3月23日(火)「仲直りをする簡単な方法」島田琥珀
「どうしたの? カノジョのところに行かないの?」
ホームルームのあと、1組にやって来たあかりがわたしに言った。
今日で2年生としての授業は終わりだ。
給食もなくお昼までとなっている。
最近のわたしは部活のない日だとすぐに教室を飛び出して行くので、あかりは疑問に感じたのだろう。
「うーん、ちょっとな」と口を濁すと、ほのかが「フラれたんじゃないの」とデリカシーに欠ける発言をした。
「そんな訳ないやん!」とわたしはムキになって反論する。
「まあまあ」と宥めるあかりに、「ふたりはケンカした時ってどうしてるん?」と尋ねてみた。
わたしはコミュ力が高い方だと自負している。
ほのかは論外として、あかりよりも人間関係の対処法は心得ているつもりだ。
しかし、自分のこととなると本当にそれで正しいのか不安になってしまう。
ふたりは顔を見合わせるだけで返事が来ないので「ケンカはするよね?」と確認する。
すると、あかりが「しょっちゅう」と答え、「だいたいほのかが原因なんだけど」と余計なひと言をつけ加えた。
「あかりが悪いんじゃない!」と当然ほのかが声を荒らげる。
「えー、昨日だってほのかが……」「あれはあかりのせいだよね」「元はと言えばほのかの言葉がキツいから」「だからってあんなことまで言わなくても」
「そんなことより仲直りの仕方をやな」と口を挟むと、ふたりから「「そんなことじゃないよ!」」と息を合わせた反論が返って来た。
仲がええこと……と微笑ましいような羨ましいような気持ちでわたしは口論を再開したふたりを眺めた。
今度はタイミングを見計らって、「それで昨日はどうやって解決したん?」と尋ねると、あかりは「こうやって……」といきなりほのかを抱き寄せた。
あかりより小柄なほのかはおとなしくされるがままになっている。
教室の中は閑散としていて幸いこちらに注意を払う人はいなかった。
わたしがドギマギしながら「もう分かったから」と口にすると、あかりがほのかの身体を引き離す。
ほのかは顔を赤らめて「こんなところで……」と呟いているが、あかりに気にした様子はない。
「あんまり人目のあるところでやらん方がええで」とわたしが忠告すると、あかりはキョトンとした顔で「だって、ハグしているだけだよ」と答えた。
「ああ、まあ、あかりはそういうつもりやとしてもや。いろいろ言う人もいると思うから時と場所は選んだ方がええと思うんよ」
あかりは納得した表情ではなかったが、「琥珀がそう言うなら」と応じてくれた。
ほのかは複雑そうな顔でこちらを見たが、何も言わなかった。
「それにしても……聞いたうちがアホやったな」
わたしは溜息交じりに愚痴を零す。
まったく役に立たない解決法だった。
朱雀ちゃんにでも聞いた方がマシだっただろう。
「琥珀が聞いたんだし……」と不満顔のあかりは「ケンカしたんなら謝っちゃえば?」とアドバイスをくれる。
「別にケンカしている訳やないんや。ちょっと気まずいだけで……」
これで話を打ち切ろうとしたが、あかりはもっと詳しく聞きたいようで「どういうこと?」と心配そうな声を出した。
半分は興味本位だとしても、半分は友人として気遣ってくれているのだろう。
その心遣いを無碍にもできず、わたしは説明を始めた。
「藤花ちゃんには希ちゃんいうて可愛い妹さんがおるんよ。シスコン言うてもええくらい藤花ちゃんは彼女を大事にしてるんやけどな。希ちゃんがうちに懐いてくれたんよ。それを妬いているみたいで……」
先日の日曜日にこの姉妹とビデオチャットでお喋りをした。
藤花ちゃんは普段通りに見えたが、時間が経つにつれて口数が減った。
もともとそんなに喋る子ではないが、画面を通しても機嫌を損ねたことが伝わって来た。
話をいろいろ振ってみても食いつきが悪く、打つ手がないままお喋りを終えた。
昨日直接会って話をしたが、どこか険があるように感じた。
せっかく仲良くなったのに以前に逆戻り――どころか悪化していると思うほどだ。
謝って済む問題ならいくらでも謝るが、それで解決するとは思えなかった。
「その妹に近づかなきゃいいんじゃないの」とほのかは話すが、「藤花ちゃんにとっては希ちゃんがいちばんやから、学校外だと藤花ちゃんとだけ会うみたいなことは難しいんよ」とわたしは首を振った。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よなんて言葉がある。
その言葉に則って、わたしは希ちゃんと仲良くなろうと努めた。
それは功を奏して、希ちゃんに気に入ってもらえたし、藤花ちゃんもわたしのそのアプローチを好意的に受け止めてくれた。
それが突然の心変わりだ。
「琥珀がどうしていいか分からないんじゃ、あたしもお手上げかな」
あかりも早々に匙を投げた。
そして、軽い口調で「あたしだったらやっぱりこうギュッと……」と抱き締める真似をする。
「そんなんできる訳ないやん」
「ビデオチャットじゃ無理だよね」とあかりは笑うが、「その場にいたって、できることとできへんことがあるって」と抗議する。
「えー、でも、言葉じゃ伝わらないことが伝わる気がするよ」
「気のせいなんちゃう」とわたしが否定すると、あかりは「ほのかはどう思う?」と相方に尋ねた。
ほのかにしては珍しく自信のなさそうな声で「……あると思う」と返答した。
わたしが疑わしげな視線を送ると、「落ち着くっていうか、安心するっていうか……」と俯きがちに言葉を続けた。
「琥珀も試してみたらいいんじゃない?」
何を言い出すんだという目でほのかがあかりを見た。
わたしも呆れた表情を浮かべたが、あかりは大まじめな顔で「体験してみないと分からないよ」と言う。
あかりがわたしの方に一歩踏み出そうとした瞬間、彼女のすぐ隣りにいたほのかが割り込んできた。
驚くあかりに「私がするからあかりはそこで見ていて」とほのかがまくし立てた。
わたしはあかりよりは小柄だが、ほのかよりは背が高い。
先ほどあかりがしたような包み込むハグをほのかがあかりの代役としてするのは難しい。
……まあ藤花ちゃんはほのかと同じようなサイズだから、わたしから抱きつく練習にはなるかもしれへんけど。
女子同士で何やってるんやろと思いつつも、相手が藤花ちゃんなら結構ドキドキするんじゃないかとも思う。
ほのかも美少女だが見慣れているのでありがたみに欠ける。
藤花ちゃんの、触れたら壊れそうな儚さはいままでわたしの周囲にないものだった。
「どう?」とあかりに聞かれ、わたしは抱き心地を改めて確認する。
「なんや変な気分やな」と正直な感想を漏らすと、「悪くないでしょ?」とあかりが言った。
「ほのかじゃなければね」と苦笑してわたしは抱き締めていたほのかを放す。
ほのかはそのままフラッとあかりの胸元に飛び込んでいった。
あと口直しではないだろうが、あかりに上書きされたいという気持ちが伝わってきた。
「効果はあるかもしれへん。そやけど、どうやってそんなシチュエーションを作るんよ?」
「そこはほら、琥珀のコミュ力でなんとかして」
わたしは頭を抱える。
あかりたちに相談したのは時間の無駄だった。
そこがいちばん大事なところなのに。
しかし、そう嘆く一方で、悪い経験じゃなかったという気持ちもあった。
ひとつ間違えれば取り返しのつかないことになる危険性は孕んでいる。
それでも、そういう雰囲気になれば……。
いやいや、あかりじゃないんだから……。
頭の中で悪魔と天使がせめぎ合う程度には興味を惹かれた。
目の前で愛おしそうにほのかを抱き締めるあかりを見ていると、これが普通のことのように思ってしまったのだ。
††††† 登場人物紹介 †††††
島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。コミュ力の高い関西弁少女。あかりとほのかの関係を見て自分も親友が欲しいと願ったが、これはどう見ても恋人やね……。つき合っているのは知っていたけど想像以上に恋人やん……。
辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。特に秋頃はダンス部内でもイチャイチャした空気を振りまいていた。あかりはほのかに責任転嫁するが、先に手を出したのはあかり。
秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。ツンデレと言われるが、あかりの前ではデレ率が非常に高い。
黒松藤花・・・中学2年生。妹に自分が考えた物語を読み聞かせるのが趣味。早くに母親を亡くし、病弱な妹を溺愛している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます