第630話 令和3年1月25日(月)「伝統はこうして作られる」辻あかり

「男子、ですか?」


 ダンス部の活動後、部室に残って部長副部長の3人でお喋りをしていると顧問の岡部先生から話があると言われた。

 顧問はいつもと変わらない穏やかな表情で入部希望者の存在を告げた。

 それだけなら問題はないが、その入部希望者は男子だと言うのだ。


「ええ。前から入りたい気持ちはあったものの、ダンス部は部員が女子ばかりで躊躇していたそうです。先日、私のもとへ相談に来ました。相当悩んでいたようですね」


 それはそうだろう。

 気にしないタイプの人もいるかもしれないが、普通は女子ばかりの中に入っていくのは勇気がいる。

 小さな部活ならまだしもダンス部は大所帯だ。

 あたしだったら絶対に無理だ。

 女子マネージャーみたいな形ならありかもしれないけど……。


「断る理由はないので入部は認められます。ただ、受け入れる準備に時間が必要だと彼には説明しています」


 岡部先生はその子の担任から話を聞いたり、男子ひとりのために更衣場所の確保をするなどの準備を調えたりしたと話してくれた。

 そして、あとはいまいる部員の気持ちの問題だと語った。


「自分たちで伝えるのか、私から伝えた方がいいのかを含め、まずはあなたたちで話し合ってください。入部希望者は真剣にダンスに取り組みたいと話しています」


 それだけ言うと先生は部室をあとにした。

 残されたあたしたちはしばらく口をきけなかった。


「楽しみやね」とにこやかな笑顔を浮かべたのは琥珀だ。


 もうひとりの副部長であるほのかは対照的にムスッとした顔になっている。

 あたしはびっくりしたものの、男子の入部についてはあまり興味がない。

 学生のダンスと言えば女子ばかりだと思ってしまうが、プロのダンサーには男性も多い。

 以前テレビでチアリーディングの大会を見たことがあるが、少数ながら男性のメンバーもいた。

 リフトなどがある場合、男性の方が安定感があるように思った。

 ただ、中学生でも1年生くらいではまだ男女の差は大きくない。

 新入部員がどんな子かは知らないが、発育の良い奏颯そよぎちゃんより体格が恵まれている可能性は低いだろう。


「事前に奏颯ちゃんたちに話しておいた方が良いんだろうけど……」


 あたしの発言の歯切れが悪いのはそれまでに話していた内容にあった。

 部活終了後に活動報告を書きながらお喋りをするのはいつものことだが、今日は琥珀から聞いた情報について話し合っていた。


「奏颯ちゃんたちばかり先に知らされるって不満は出るやろね」


「口止めした上で、奏颯ちゃんとみっちゃんのふたりだけに知らせるとか」とあたしが提案すると、「統括担当だから名分は立つけど、あの子らは議論を重ねてアイディアを出してるからどうやろ」と琥珀は否定的な意見を述べた。


 確かにこの件をあたしひとりが聞いても持て余していた。

 こうして話し合いをすることで今後の方針が立てられる。

 1年は議論好きで、あたしたち以上に討論を繰り返している。

 そこはとても良いところだが、情報管理という点では問題があった。


「別に隠すことじゃないのだから、1年全員にさっさと伝えればいいじゃない」


 ほのかが怒ったような口調で言う。

 それが正解かもしれないが、不安も残る。


「それはそうだけど、みんながほのかみたいに入部を歓迎しないって雰囲気になっても困るでしょ。琥珀みたいに色目を使うようになるのも困るけど」


「別に歓迎しないとは言っていない」「色目なんて使つこうてへんよ」


 ほのかと琥珀が一斉に抗議の声を上げた。

 部員たちがあからさまにそこまで極端な反応を示すことはないと思うが、ある程度の歓迎ムードが欲しいから顧問はわざわざあたしたちに先に伝えたのだろう。


「裏アカかぁ」とあたしはひとつ前の話題に意識を戻す。


 琥珀がマネージャーのみっちゃんから聞いたそうだ。

 Bチームに所属する1年生部員の間で、ほかの子への悪口を言い合うLINEグループみたいなものがあるらしいと。

 表向きは奏颯ちゃんのファンクラブ的な感じだが、実際は彼女と仲が良い人の欠点をあげつらってストレスを発散させる場だそうだ。


 いつにも増して目つきの険しいほのかは「蔭でコソコソ言うことしかできない人なんて相手にする必要はない。そういうことが発覚したら退部だって脅しておけばいいんじゃない」との立場だ。

 一方、琥珀はもうちょっと部活を緩くした方が良いんじゃないかと主張している。

 1年は秋から部の運営の仕事も担当するようになり、自主練で求められる練習量も増えている。

 クリスマスイベントの失敗を受け奏颯ちゃんたちは次こそ頑張ろうと燃えているが、一部の部員はそうした動きについて来ることができていない。

 そうした不満を直接口に出すのではなく、悪口へと形を変えて憂さを晴らしているのだろうと分析していた。


「男子が入部して状況が変わったりしないかな?」とあたしは希望的観測を口にする。


「悪化するんじゃないの?」「悪くなるんやない?」


 ほのかと琥珀が口を揃えた。

 あたしは肩を落とす。


「練習はキツくても楽しいことがあったら乗り切ることができると思うんだ。緊急事態宣言もあって最近は心の底から楽しむって機会がないし」


 今度は反対意見は出なかったが、ふたりから「それで?」という目で見られた。

 あたしは直近の季節イベントを思い浮かべる。


「もうすぐ節分だし、全員で鬼ごっこ?」


 良いアイディアだと思ったのに、ふたりはバカにしたような視線を向けてきた。

 機嫌を損ねたあたしは「文句があるなら、自分でも何か案を出してよ!」とふたりに迫る。


「もうすぐと言ったらバレンタインやね」と琥珀。


「ダンス部なんだから、チョコをあげる代わりにダンスで気持ちを表す、みたいな」とほのか。


 あたしは「意味が分からないんだけど」と眉をひそめる。

 ふたりはもう少し考えさせてとギブアップしたので、何も浮かばなければ部長権限で鬼ごっこにすると宣言した。


「それはそうと、男子が入ったらバレンタインは大変になるかもしれへんなあ」


 琥珀がニヤニヤ笑いながら言うと、ほのかが「禁止よ、禁止」と声を上げた。

 あたしが「部内恋愛禁止なの?」と問い質すと、ほのかは「不純異性・・交遊は禁止」とこちらを睨んだ。


 こうして創部2年目のダンス部に新しい決まりが誕生した。




††††† 登場人物紹介 †††††


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。ほのかとつき合っている。男子は……笠井先輩のような人がいたらぐらっとするかもしれないけど、歳下は……。


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。あかりとつき合っている。男子の入部は仕方ないので、あかりに近づけない努力が必要との認識。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。まだどんな子か分からないのにほのかは心配しすぎと笑っているが、格好良かったり可愛かったりしたら興味があるかも……と内心思っている。


恵藤奏颯そよぎ・・・中学1年生。ダンス部。1年生部員のリーダー格で多くから慕われている。


小倉美稀・・・中学1年生。ダンス部マネージャーのリーダー。最近マネージャーがひとり増え、その子から今回の件を聞いた。

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