令和2年12月
第575話 令和2年12月1日(火)「生徒会長選挙」久藤亜砂美
カメラの前に着席する。
目の前にいるのは数人の教師と生徒だけだが、これから私は全校生徒に向けて演説を行う。
生徒会長選挙の立ち会い演説は教室へのリアルタイム配信という形式になった。
先に演説をした男子生徒は爽やかな笑顔で空疎な言葉を語った。
実際に演説を聴いている生徒なんてごくわずかだ。
雰囲気や見た目の印象だけで投票は行われる。
そういう意味では最強の対立候補だと言えた。
「それでは久藤さんの演説を始めます」と生徒会顧問の教師が私に合図を出した。
私は軽く頷きカメラを真っ直ぐに見つめる。
撮影担当の生徒が手振りでスタートを知らせてくれた。
「みなさんに悲しいお知らせがあります」と私は悲愴な表情を浮かべて語り始めた。
事前に渡してあった原稿とはまったく異なる導入に顧問が顔色を変える。
止めたならそれを問題にして争うつもりだったが、どうやらもう少し様子を見ることを選択したようだった。
「文化祭でのファッションショーは途切れてしまうかもしれません」
私はそう言うと苦痛に顔を歪めた。
涙を見せるのはやり過ぎだと思って、その一歩手前くらいで留めておく。
「彼は教師の言いなりになってファッションショーを廃止しようとしています」
私はあえて部屋の隅にいる対立候補に視線を送った。
カメラは固定なので彼の姿は映らないが、私が彼を見ていることは伝わるはずだ。
そんなことはないと叫び出しそうな顔つきの彼は眉間に皺を寄せて思いとどまっていた。
「証人もいます。来年の開催を目指している1年生が彼に話を聞きました。そして、彼が当選すればファッションショーは開催されないだろうと危機感を覚え私に相談したのです」
「違う! あれは……」とついに彼が割り込んできた。
私は彼の方を向き、「先生が少しでも反対すればそれに従うと聞きました。生徒会はそうした圧力から生徒の利益を守ってきたのに、貴方はその理念を放棄するおつもりなんですよね?」と問い質す。
攻撃的な態度にならないよう気をつけながら私は思い描いたシナリオを進めていく。
「そんなことはない!」
「来年度になると校則の取り締まりが強化されるという噂もありますが、生徒会長としてそれにどう向き合う予定ですか?」
「そ、それは……」と口籠もった彼は、「か、仮定の話には答えられない」と返答した。
ここで「君はどうなんだ?」くらい言って欲しかったところだが、その言葉がなかったので自分で述べることにする。
私はカメラに向き直ると「私は校則強化には反対します。その結果どんな不利益を被ってもみなさんのために戦います」と訴えかけた。
「そこまでにしなさい」と顧問の教師が苦い顔で割って入る。
「演説の時間ですよ。ふたりにはあとで厳重注意をしますから覚悟しておきなさい」
教師の厳しい口調に対立候補の顔はすっかり青ざめたものとなった。
これをみんなに見せれば支持率が急落しそうなのにできないのが残念だ。
私は澄ました顔で「続けてもよろしいですか?」とお伺いを立てる。
教師は渋面のまま顎で続けるように促した。
私はひとつ咳払いをしてから「私は負けません」とカメラに向かって微笑んだ。
そこで顧問のストップが入り、私の演説は打ち切られた。
「来年からはリアルタイムでは放送できないな」と顧問がぼやく。
「事前検閲ですか」と私が皮肉を言うと、生徒に向ける視線ではないだろうという憎しみの籠もった目で睨まれてしまった。
対立候補は恐る恐る「反論の機会を設けて欲しいのですが……」と小声で頼み込むが、教師は首を横に振った。
反論が許されるのならそれに対する反論の機会を私が求めるのは目に見えている。
このあとすぐに投票なのでこれ以上ゴタゴタを続けられないという事情もあった。
私としてはやるべきことはやった。
地道な選挙運動は性に合わないのでこんな奇策を使ったが、計画通り実行できたことには満足している。
この奇策では1年生が良い働きをしてくれた。
私が負けたら脅されて仕方なく手を貸したことにするという条件で彼女は動いてくれた。
対立候補に突撃していろいろ質問をぶつけ、彼の本音を引き出した。
ちゃんと録音もしている。
それを流すことも考えたが、逆に私の策略だと見抜かれる危険性もあって思いとどまった。
このあと自分の教室に戻って投票する予定だったが、怒り心頭の顧問にネチネチと説教を食らった。
候補者がふたり揃って投票できないという事態になったが、どうせ自分に投票するのだから良いだろうと判断された。
まったくひどい話だ。
いつ果てるとも知れぬ長いお灸が終わった頃には開票作業が始まっていた。
私と対立候補は自分の教室に戻って選挙結果の連絡を待つように言われた。
教室に戻るとホームルームを終えたばかりの担任からも小言を言われた。
殊勝な態度を装ってそれを聞き流し、ようやく解放される。
グループのメンバーは帰っていいかどうか分からないといった顔で待っていた。
私は「帰っていいよ」と声を掛けたが、互いに顔を見合わせてなかなか帰ろうとしない。
落選すれば私が荒れて、そのとばっちりが自分に回ってくるかもしれないので結果が気になるのだろう。
私は好きにしろと態度で示し、廊下に出る。
そこにはハルカがいた。
「見た?」と聞くと、ハルカは笑って「もっとやり合えば良かったのに」と言う。
「ハルカじゃあるまいし」と私も笑う。
ハルカは演説に付き添うと言ってくれたが、彼女が激昂する可能性を考えてそれを断った。
気持ちだけで十分だ。
廊下で談笑していると、選挙管理委員が足早にこちらに来た。
私の隣りにハルカがいるので、その顔は怯えている。
私は不敵に笑って「結果は?」と問う。
「……残念ですが」とその子は口を開いた。
「……そう」
私は笑みを浮かべたまま結果を受け入れた。
集計結果が書かれた紙を渡され、それを見ると僅差での敗北だった。
管理委員を帰らせ、教室に残るグループのメンバーには「落選」とだけ告げる。
彼女たちの方が私よりも遥かにショックを受けた顔をしていた。
廊下に戻りハルカと顔を見合わせる。
私は肩をすくめてから口を開いた。
「第二ラウンドの始まりね」
††††† 登場人物紹介 †††††
久藤亜砂美・・・中学2年生。生徒会役員。この夏に加入した当初は会長を目指していなかったが、心変わりした。
小西遥・・・中学2年生。不良として知られ、その強さは有名。次期生徒会長候補が彼女と仲が良いことを問題視する向きもある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます