第533話 令和2年10月20日(火)「守りたいもの」田中七海

 学校には使われていない部屋が結構多い。

 たいていそんな部屋は物置になっている。

 学校の先生はみんなとても忙しいので、ほとんど整理されることなくものが溜まっていく一方だったりする。


「真面目だな、七海は」


 真央は呆れ気味にわたしに言った。

 放課後わたしたちは普段使われていない倉庫で学校の備品の確認をしている。

 生徒会の仕事の大半は地味なものだが、これなんてその最たるものだろう。

 真央はざっと眺めただけで探すのを諦め、スカートが汚れるのも構わず室内にあった段ボール箱の上に腰掛けている。

 わたしはチェックリストを片手に持ったままひとつひとつ箱の中まで調べていた。


「それがわたしの取り柄だから……」


 さすがに「唯一の」とはつけなかったが、自嘲の混じった言葉に真央は大げさに肩をすくめてみせた。

 わたしは「それに、会長がここにあるって言ったんだから間違いないよ」と言葉を続ける。

 山田会長が言ったことに間違いはないという確信が生徒会役員には植えつけられている。


「そうだな。もう少し探してみるか」と真央も重い腰を上げた。


 文化祭が3日語に迫り、生徒会も慌ただしくなっている。

 クラスや部活の発表で必要なものは事前に文化祭実行委員を通して連絡を受けているが、直前になって実際に行うイメージが湧いてからあれが欲しいと言い出すケースがあとを絶たない。

 昨年は会長に就任前の山田先輩が中心となって――というより、ほぼひとりで――対応して乗り切った。

 わたしや真央は荷物運びなどの手伝いはしたが、先輩はまるでこの学校にあるものはすべて把握しているくらいの仕事振りだった。

 それを今年は2年生の役員で分担している。


「会長は化け物だよな。去年は今年の数倍大変だったのに顔色ひとつ変えずにやり切ったんだから」


 真央の言葉にわたしは頷く。

 わたしたちの入学前、文化祭はほぼ合唱の発表会だったそうだ。

 合唱以外をするクラスは学年にひとつあるかどうかといった感じで、合唱の準備のやり方は先生方に共有されていた。

 だから、合唱以外をするクラスの準備に力を割けたし、先生方だけで準備に当たれたので生徒会はほとんどすることがなかったらしい。

 それが去年、校長先生の希望という形でクラスでの合唱が禁止となった。

 各先生も対応に追われる大混乱の事態となり、その皺寄せは生徒会に来た。

 雑務が急激に増えたのだ。

 数々のトラブルも起きたが、それを冷静に乗り越えた山田先輩は教師陣の信頼を勝ち取った。


 今年は1年生が合唱をすることになり、3年生は展示のみとなった。

 去年のような発表を行うのは2年生だけだ。

 生徒会に持ち込まれる仕事の量は格段に減ったのに、山田会長がわたしたちに仕事を任せたため処理速度も格段に落ちてしまった。

 11月下旬に生徒会の役員選挙が行われ、そこで現会長は引退する。

 この文化祭は仕事の引き継ぎという面もあるので会長の方針は当然のことだ。

 しかし、2年生役員4人がかりでも処理しきれず会長の手を借りることも少なくなかった。


「次期会長は大変だよね」とわたしは他人事のように呟く。


 夏の初めまではわたしが次の生徒会長になるものだと思っていた。

 自分の器ではないと感じながらも、山田会長や周りの期待を裏切ることはできなかった。

 だが、久藤さんが生徒会に入ると状況は一変した。

 優秀な彼女に期待が集まるようになった。

 これまでの生活態度から懸念を示していた先生方も、彼女の生徒会での働きぶりを見て態度を変えた。

 当初は会長を目指さないと話していた久藤さんが前言を翻すと、完全に流れができあがった。


「あった。これだろ?」と棚の奥から真央が薄汚れた箱を取り出した。


 真央が蓋を開けるとコルクボードが出て来た。

 なんでこんなものがこんなところにあるのかは分からない。

 わたしは余計なことを考えず、チェックリストのコルクボードの文字を二重線で消した。


「ここはこれだけかな」とわたしはあたりをグルッと見回してから部屋を出る。


「ひでー。埃だらけだ」と明るい廊下で自分の制服を見て真央が声を上げた。


 わたしはできるだけ汚さないように慎重に作業をしていたが、大ざっぱなところがある真央は汚れるのを気にせずに棚を漁っていた。

 苦笑を浮かべたわたしは「外で埃を払おうか」と提案する。


 今日は秋晴れで冬服だと少し暑いと感じるほどだ。

 真央は周りに人がいないのを確認すると、かなり豪快にスカートをはためかせた。


「体操服の方が良かったな」


「いまから着替える?」とわたしは質問する。


 これからもう1ヶ所探しに行く予定だ。

 そこもおそらく埃が溜まっているだろう。


「両方汚すことはないだろ」と真央は最後に自分のお尻をパンパンと叩いた。


 わたしがチェックリストを確認しながら歩き出すと、真央は「どうするか決めた?」と軽い感じで聞いてきた。

 なんの話かは分かっている。

 最近ずっと真央に相談していることなのだから。


「……まだ」と小声で答えると、「あと1ヶ月あるから急ぐことはないさ」と真央は言った。


 真央はそう言ったが、急いでいるのは真央の方だった。

 クラスの同じグループに属する島田さんや秋田さんからは生徒会長選挙に立候補して欲しいとお願いされていたが、わたしはそれを断った。

 自分の意志を表明するのはもの凄く勇気のいる行為だったが、最初に真央に伝え、次いでそのふたりに告げた。

 3人ともわたしの意志を尊重してくれた。


 ただ真央からは生徒会を続けるのかどうかと確認をされた。

 生徒会長にならないからといって生徒会を辞める必要はないが、続ける義務もない。

 今年は長期の休校の影響で1年生の正式な役員がいないので、新生徒会のメンバーは手伝ってもらっている人たちの中から抜擢することになるだろう。

 その人たちが仕事を覚えるまでいた方がいいかなと思うものの、いまのところ久藤さんとそんな話はしていなかった。


 真央はわたしが生徒会にいる間は心配だから手伝うと言ってくれた。

 彼女はソフトテニス部も兼任していて、生徒会を続けるかどうかでそちらでの立場も変わるみたいだ。


 わたしに気兼ねせずにソフトテニスに打ち込んでいいよと言えるものなら言いたかった。

 しかし、久藤さんと小西さんと同じように、わたしと真央も生徒会がなければゆっくり話すことができなくなりそうだった。

 お互い塾や部活があり、3年生になれば受験も意識するようになる。

 こうして当たり前のように並んで歩くことがいつまでできるのか気掛かりだった。


「七海は真面目すぎ。また難しいこと考えているんだろ?」


 真央はわたしの顔を見てそう言うと人懐こい笑顔を浮かべる。

 この笑顔を失わないために、わたしはいったいどうすればいいのだろう。




††††† 登場人物紹介 †††††


田中七海・・・2年1組。生徒会役員。真面目さが取り柄と言われている。クラスではダンス部の島田琥珀や秋田ほのかと同じグループ。


鈴木真央・・・2年4組。生徒会役員。ソフトテニス部にも所属している。七海の親友。噂好き。


山田小鳩・・・3年3組。生徒会長。勉強時間は非常に短いが学年トップクラスの成績を誇る。記憶力にも長けている。


久藤亜砂美・・・2年1組。生徒会役員。不良の小西遥と仲が良く、クラスではボスとして振る舞っているため教師受けは悪かった。だが、近藤家に引き取られて落ち着いてきたと見られている。

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