第472話 令和2年8月20日(木)「縋る」内水魔法
「そんなに言うなら、あなたが友だちになってあげればいいじゃない」
アサミのからかうような発言に、教壇に立つ学級委員の島田さんの表情が険しくなった。
終わりのホームルームの時間。
今日から2学期の授業が始まった。
休み明けだからか、教室にはどんよりとした重い空気が漂っていた。
せっかく冷房が効いているのに休み時間のたびに律儀に窓を開ける生徒がいるせいで、暑かったり涼しかったりと急激な温度の変化にかえって疲れを感じてしまう。
夏休みを挟んで、生徒の間にはコロナ対策なんてもういいじゃんという雰囲気が支配的になっている。
それなのにクソ真面目な人がいる。
その代表格が島田さんだった。
夏休み直前のホームルームで彼女はアサミをやり込めた。
生まれつきの女王様という感じで気位の高いアサミのあんな姿は見たことがなかった。
だが、アサミが黙ったままでいるはずがない。
「だいたい1年の時に仲が良かったからといって2年でも仲良くしなきゃいけないなんて決まりはないでしょ?}
島田さんが反論できないのをいいことに、アサミは言葉を続ける。
クラスメイトの中で友だちのいない横山さんに同情する者はごくわずかだ。
「むしろ誰それと仲良くしろって決めつける方が酷いんじゃない?}
島田さんは眉間に皺を寄せて黙って聞いている。
そのせいでアサミの言葉はますます冴え渡る。
「彼女が望めばグループに入れてあげるって言っているのよ。あとは本人の問題じゃない」
当事者である横山さんは夏休みが明けても学校に来ていない。
彼女はあたしたちのグループに所属する悠美と1年の時は仲が良かったそうだ。
しかし、グループが分かれて疎遠になった。
それが不登校のきっかけのようだ。
学級委員の島田さんはあたしたちのグループのリーダーであるアサミに責任があると問題視した。
その見立てはあながち間違ってはいない。
昨年、彼女のグループのメンバー――あたしのことだが――がグループ外の子をいじめていたのが先生にバレた。
それ以降、グループ外の生徒とは関わらないようにとアサミが厳命した。
いまのグループでも同じように言われているので、悠美は横山さんと距離を置くようになった。
「そやなあ。この件では久藤さんにキツいこと言うてしもて悪かったと思うてるんよ。責めるつもりやなかったんやけど、横山さんを助けたろうってつい力が入りすぎたんや」
普段から関西弁で話す島田さんは詫びるように言葉を並べる。
対するアサミは傲然と前を見つめている。
「協力して欲しかっただけやねん」
「謝る気はあるの?」と厳しく問うアサミを、島田さんは「悪かったって」と軽くいなした。
気まずい沈黙が流れた。
多くの生徒、特に男子は自分には関係がない話題だと完全に興味を失っている。
あたしを含めそれぞれのグループに属する生徒だけがハラハラと成り行きを見ていた。
「分かればいいわ」と意外と呆気なくアサミは鉾を収めた。
これで彼女が丸くなったとは微塵も思わない。
相手をしても無駄といったところだろう。
もともとグループ内のことに干渉されない限り、アサミは敵対的な行動は取らない。
学校行事はまったく参加しないとはいかないため楽な役割を望みがちだが、それ以外はクラス運営に積極的に口を挟もうとはしない。
アサミが熱心なのはグループメンバーの支配である。
1年の時から巧妙なやり方をしていたが、それに磨きが掛かってきた。
グループ内に序列を作り、扱いの差を大きく変えている。
上位にいれば楽しい学校生活を送れるが、下位になれば悲惨だ。
彼女は逆らったり逃げ出したりできないようにしっかりと各メンバーの弱みを握っている。
その上で足の引っ張り合いをさせているので、団結してアサミに対抗することはできない。
横山さんにはその程度のメンタルならグループ入りしない方がいいと教えてあげたいほどだ。
あたしはアサミの片棒を担ぐことでナンバーツーの座を確保している。
彼女に絶対逆らえないレベルの弱みを数多く持たれてしまっているので、あたしは言いなりになるしかできなかった。
それにより悪事に荷担し、さらに弱みが増えていくという悪循環が続いている。
「そこでやね。運動会と文化祭の実行委員を決めなあかんねんけど、女子は運動会は秋田さん、文化祭は内水さんにやってもらおう思うんよ」
突然自分の名前が出て来て驚いた。
まさに寝耳に水だ。
どういう話の流れなのかついていけない。
困ったあたしはアサミの顔を見る。
彼女はこちらに視線を向けることなく、ジッと島田さんを睨んでいた。
「どうやろ? 内水さん」
クラス委員長はニッコリと微笑んであたしを見るが、どう答えていいか分からない。
もちろんそんな面倒なことはやりたくない。
自分にできるとも思わない。
だが、断るにしてもアサミの顔色をうかがう必要があった。
「考える時間くらい与えてもいいんじゃない?」とアサミが助け船を出してくれた。
あたしは島田さんにコクコクと頷いてみせた。
彼女は「そうやねえ。でも、前向きな返事を待ってるんよ」と言ってこの話題を終わらせた。
ホッとはしたものの、アサミがやれと言えばやるしかない。
ホームルームが終わるとあたしはアサミに駆け寄った。
彼女は考え込んでいて、あたしは声も掛けずにただ口を開くのを待った。
ほかのメンバーたちも近づいてくる。
その顔には自分には関係ないと書かれていた。
薄情だと感じるが、自分が候補に挙がっていなければこんなものだろう。
「文化祭は私たちのグループに押しつけようという魂胆でしょうね」
ようやくアサミが口を開いた。
彼女は生徒会役員なので文化祭ではクラスの準備にあまり関われないらしい。
「避けられないのならマホが最適でしょう。適当に楽ができる企画を考えて」
あたしはアサミに言い返すことができずに立ち尽くした。
そんな無理難題を言われてもあたしにできるはずがない。
途方に暮れているあたしに、アサミは「アイツに攻撃材料を与えないようにね」と言うが、そんなことができたら苦労はしない。
アサミなら簡単にできるかもしれないが、あたしには無理だ。
でも、できないと言ったら……。
グループ内での立場を失くしてしまうかもしれない。
それは地獄に堕ちるに等しい。
生徒が帰るために教室のドアが全開となり、外気が入り込む。
その熱風にあたしは焼き尽くされるように感じていた。
††††† 登場人物紹介 †††††
久藤亜砂美・・・2年1組。近藤未来からクラス内ヒエラルキーの頂点に立つ方法を教わり、それを実践している。生徒会役員。
島田琥珀・・・2年1組。学級委員。ダンス部。関西弁を使い人当たりは柔らかい。塾や習い事で多忙を極める。
横山一花・・・2年1組。クラスに話し相手がいなくて不登校気味に。
柳田悠美・・・2年1組。1年の時は一花と仲が良かった。現在はアサミのグループに属している。
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