第457話 令和2年8月5日(水)「告白」澤田愛梨
「どうしてこのボクが君たちの班に入らなきゃいけないのさ」
ボクの抗議に高月はバカにしたような顔で「いまボクって言った」とニヤついた。
ボクはムッとした顔で「どうして私が君たちの班に入らなきゃいけないのかって聞いているの」と言い直す。
「ぼっちの澤田さんを誘ってあげているんだから感謝して欲しいくらいだわ」
肩まである髪をかき上げて高月は言った。
良い匂いが微かに香る。
男子なら鼻の下を伸ばしそうだ。
ボクも対抗してショートの髪をかき上げた。
陸上部の後輩の女子たちからキャーキャーと歓声が上がる仕草だ。
高月はなんとも思わなかったようだが。
「別にぼっちじゃない。好んでひとりでいるだけだ。頼んでもいないのに余計なことはしないでくれ」とボクは早口でまくし立てた。
「そう? でも、日々木さんは自分の班を作っちゃったじゃない。どこに入るつもり? レベルが低い子と一緒がいいならそれでもいいけど」
日々木さんと一緒の班になれないならどこでもいいと思っていた。
別に注目を浴びたい訳じゃない。
ただ高月や津野はボクや日々木さんほどではないものの見た目は優れている。
釣り合いというものを考えるなら、このふたりと同じ班の方がいいかもしれない。
「それにね、班のこととは別に考えていることがあるのよ。日々木さんのことで」
「何?」と尋ねても高月はもったいぶって話さない。
後ろ手に組み肩を左右に大きく揺すっている。
ボクが焦れるのを楽しんでいるようだった。
「もうすぐ夏休みじゃない」という彼女の言葉にボクは頷く。
「日々木さん、期末テストの時もクラスの一体感を作りたいって言っていたじゃない。だから、みんなで親睦を図る機会を作れないかなって思うの」
ボクは思わず「いいね、それ」と言って高月の両肩をがっしりとつかんだ。
彼女は「痛いなあ」と口にするが、その顔は得意げだった。
「それでいつ? どこで? 何をするの?」
矢継ぎ早のボクの質問に「まだ決まってないわよ」と高月は呆れた。
そして「女子のふたつのグループ――心花のグループと日々木さんのグループ――の交流って形を提案しようかなって思っているのよ。だから、澤田さんには関係ないわね」とからかうように言葉を続けた。
ボクと高月では身長差がかなりある。
陸上部で鍛えているボクと部活をしていない彼女では体格にも運動能力にも違いが大きい。
彼女の両肩をつかんでいた手の力が強まり、ボクは抗議するように女の子らしい細い身体を前後に揺さぶった。
「痛いって!」と高月は悲鳴を上げた。
休み時間の廊下は行き交う生徒で混み合っている。
彼女の悲鳴に何ごとかと一斉に目が向けられた。
ボクは「ごめん」と謝って手の力を抜く。
しかし、つかんだ肩は離そうとしなかった。
「班に入ってくれればちゃんと誘ってあげるわよ」と怒る高月に、「分かった。入る」とボクは即答した。
「でも、日々木さんは参加するかな?」と疑問をぶつけた。
日々木さんと仲が良いボクと同じ陸上部の宇野の話だと、最近は休日でもあまり外出していないらしい。
この前の日曜に宇野が日々木さんと学校の前で会ったと話した時にそんなことをつけ加えていた。
「立派な建前があればどうにかできるわよ」と高月は自信ありげだ。
それでも疑わしい視線を向けると、彼女は「澤田さんって一見自信満々なのに実際は臆病な性格なのね」とつまらなそうに言った。
ボクは「臆病って何だよ」とすぐに反論したが、「やってみてダメなら別の手を考えればいいじゃない。やる前から尻込みしていたら何もできないわよ」と高月はボクを見透かすような目をした。
ボクはコイツが嫌いだ。
天才のこのボクを相手に上から目線だし、何様のつもりだと腹を立てることばかりだ。
だが、日々木さんと仲良くなるためには彼女の手を借りるよりほかに思い浮かばなかった。
利用価値があるからこうしてつき合ってあげているのだ。
「それで、ボクが手伝うことは?」としかめっ面で尋ねる。
「いまは得にないわ。お膳立てはしてあげるから、本番ではしっかり日々木さんの気を引いてね」
ボクの不機嫌さを意に介さず、高月は笑みを浮かべた。
本当に何を考えているのか分からない奴だ。
「どうしてそんな風にボクのためにやってくれるのさ?」
ボクの質問に彼女は「善意」と答えた。
その顔が胡散臭そうでとうてい信じられそうにない。
そんなボクに気づいて、打ち明けるように「本当はね、日野さんに興味があるのよ」と彼女は口にした。
「日野に?」と聞き返すと、高月は急に真剣な表情になって頷いた。
オンラインホームルームを仕切っていた姿は覚えているが、それに関係するやり取りを少ししたくらいでほとんど話したことがないクラスメイトだ。
学校再開後に見かけたのはテストの時だけだったから日野の印象は薄い。
「澤田さんが日々木さんを引きつけてくれたら、日野さんに近づきやすいかなって……」
高月は恋する乙女のような顔でそう言った。
他人の恋愛指向に興味はないので、はぁ、そうなんだという印象だが、ボクは慌てて彼女の肩から手を離した。
「まあ、頑張れ」
どんな対応をしていいか分からず、ボクはそう言って右手を自分の首に当てる。
彼女はしおらしく「ありがとう。協力してくれる?」とボクを見上げた。
普段と異なる高月の態度にボクはドギマギしながら、「もちろん」と力強く頷いた。
††††† 登場人物紹介 †††††
澤田愛梨・・・3年1組。陸上部。自称天才。実際に本気を出せば期末テストで高得点を取ることができた。
高月怜南・・・3年1組。心花グループの一員。可愛い外見から男子に人気がある。現在はグループのナンバーツー。
津野
川端さくら・・・3年1組。心花グループの一員。心花の腹心のような立ち位置だったが怜南にその座を奪われた。
日々木陽稲・・・3年1組。学級委員。ロシア系の血を引く日本人離れした美少女。
宇野都古・・・3年1組。陸上部。陽稲と仲が良い。
日野可恋・・・3年1組。体質の問題でほとんど登校していない。
* * *
……チョロいなあ。
そうほくそ笑みながら教室に戻ると、さくらが険しい目でこちらを見た。
休み時間は残りわずかだが、彼女の元に近づく。
「怜南は澤田さんと仲が良いのね」
「あら、たまにはさくらと心花がふたりきりでいられる時間を作ってあげようと思ったのに余計だったかしら」
さくらは何とも言えないような複雑な表情をしている。
本当にからかい甲斐のある子だ。
「男子が、澤田さんが怜南にコクったって騒いでいるわよ」
それを聞いて吹き出してしまった。
澤田さんが真剣な顔をしていたからあらぬ噂が生まれたのだろう。
これはこれでからかうネタにできそうだ。
「そんなのある訳ないじゃん。私には彼氏がいるのに」
「えっ」とさくらが目を丸くした。
もっと効果的なタイミングで言った方が良かったかなと少し後悔したが、その驚きぶりはなかなかのものだった。
ここで「心花には内緒ね」とお願いしたらさくらはどうするだろう。
それを弱みだと思ってつけこんでくるだろうか。
それとも、お願いをしっかり守ってくれるだろうか。
どちらにせよ、さくらのことだからいろいろと考え込むだろう。
「お願い。心花には内緒にしてね」とさくらの耳元で囁く。
さくらの様子をじっと眺めていたかったが残念ながら時間切れになった。
このクラスには見ていて面白い子が多い。
彼が卒業して退屈な1年になるかと思っていたがどうやら杞憂に終わりそうだ。
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