第404話 令和2年6月13日(土)「可恋の計略」日々木陽稲

 朝から降る雨が昼頃からかなりひどくなった。

 カーテンの隙間から覗くと嵐のように窓ガラスに雨粒が打ちつけられている。

 部屋の中にいると外の喧噪が嘘のように平穏なのに。


 可恋はいつものようにソファーに寝そべってスマホをいじっている。

 知らない人が見れば怠けているように思うだろう。

 実際は可恋が代表を務めるNPOの仕事だったり、いろんなところから寄せられる依頼に応じたりしている。


 可恋が動くことは少ない。

 本人もちょっとアドバイスをしたり、ほかの人に依頼を回したりしているだけだと言っている。

 しかし、それが的確だからこそこうして毎日のようにあちこちから連絡が来るのだろう。


 それに引き換え……と可恋と比べても仕方がないことは分かっている。

 可恋が「お互いの長所短所が違うのだから同じやり方をする必要はない」と言っていたように、わたしが可恋の取り組み方をただ真似ても意味はないだろう。


 君塚先生の件は暗礁に乗り上げている。

 わたしが嫌悪感を持った英語の授業に対し、生徒たちの反応は「しょうがない」というものだった。

 確かに、教わる教師を生徒が選べない以上受け入れざるをえないのかもしれない。

 わたしの力ではクラスメイトたちの意見を聞くことはできても変えることは難しい。


 こっそり吐いた溜息を目ざとく見つけた可恋が「焦ることはないよ」と励ましてくれた。

 わたしは「うん」と頷くものの心のもやもやは晴れない。


「7月に入ったあたりで何かしたいんだよね」と唐突に可恋が話題を変えた。


「何かって?」と尋ねると、「分散登校が終わり普通の学校生活が戻ったタイミングで、みんなが盛り上がるようなイベントをしたいなって。ストレスを吹き飛ばすようなものができればいいんだけど」と可恋が微笑む。


 学校はまだ手探りという印象だが、社会は一足早く日常が戻ったように感じる。

 もちろん新しい生活様式としてマスクや手洗いは推奨されているし大きなイベントは開催できていないが、自粛ムードはかなり薄れたようだ。

 ここで気持ちを切り替えるイベントができれば前向きになれそうだが、果たしてそんなことができるのだろうか。


「学校行事の多くは不要なものだったりするけど、まったくないとメリハリがなくなってしまう。ハレとケの使い分けは大事なんだ。子どもは長い間ハレの場を与えられていないからどこかで欲しいの」


 個人的には可恋と互いの誕生日を祝い合ったのでハレの場は少しはあったが、みんなで楽しむようなイベントは長らくなかった。

 去年の運動会や文化祭の体験を思い返せば、ああいうプラスの非日常は自分の中のエネルギーをどんどんと生み出してくれた。

 同じ非日常でも休校中の自粛生活はそうしたエネルギーを減らすことはあっても増やすケースは稀だっただろう。


「でも、できるの?」


「学校側の協力を取り付けるのは難しいね」


 可恋は肩をすくめた。

 しかし、その表情は決して諦めているように見えない。


「できるかできないかで言えば、できる」


 可恋は断言する。

 わたしは思わずゴクリとツバを飲み込んでからその言葉に頷いた。

 彼女は普段通りの落ち着いた顔つきで淡々と語り出す。


「問題はやったあとの責任を誰がどう取るかだね。何をするかより、事後処理をどうするかの方が重要だから」


 可恋の力を持ってすれば、放課後に全校生徒を一ヶ所に集めることは難しくない。

 そこでなんらかのパフォーマンスをして盛り上げれば成功だ。

 だが、当然あとで怒られるし、場合によっては責任問題になる。


「ファッションショーを!」


「却下」とわたしの希望は瞬殺されてしまった。


「ダンス部にお願いしたいところだけど、いま君塚先生に目をつけられているから難しいんだよね。最悪廃部という可能性もあるし」


 わたしが驚くと、部活動が認められていないのに合同自主練をしたことが発覚して次に問題を起こしたら廃部と言われていると可恋は教えてくれた。

 またも君塚先生か……とわたしは頭を抱えるが、不用意な行動を取ったからと可恋はダンス部にも手厳しかった。


「あまり手の込んだことはできないし、全校生徒で鬼ごっこのようなことは熱中症のリスクを考えるとどうかなって思うし……」


「ファッション……」


「音楽関係もダメなんだよね。みんなで歌うのは盛り上がるんだけど感染症対策を考えると無理だね」


「ファッショ…… 」


「生徒会主導で有志を集め、動いてもらうことになる。小鳩さんには迷惑を掛けるけど納得してもらえるような提案をしたいところ」


 可恋はわたしの提案を無視して腕を組んで考え込んだ。

 そりゃあ準備が大変なのは分かるが、喋らないのからそんなにダメな提案じゃないと思う。


「暑さが問題なら水着のファッションショーとか」


 可恋はジロリとわたしを睨んで黙らせる。

 可愛いのになあ、水着のファッションショー。


「何をするかはもう少し時間を掛けるとして、ひぃなにやって欲しいことがあるの」


 いじけていたわたしは可恋の言葉に顔を上げる。

 可恋の力になれるのなら何だってわたしは頑張るつもりだ。


「校長先生にファッションショーをしたいと直訴して。それが通ったらファッションショーに協力するから」


 わたしは小首を傾げ、「ファッションショーでいいの?」と尋ねる。

 あれだけ却下していたのは何だったのか。


「ひぃなが先生方の目を引きつけている間に準備をするから。ひぃなの直訴が通らずにファッションショーをやろうとしても警戒されるでしょ」


 わたしやファッションショーに注目を集めておいて、その裏で計画を進めるそうだ。

 いかにも可恋らしいやり口だ。


「つまり、ファッションショーをやりたければ、わたしが校長先生を口説き落とせってことね?」


「学校の許可が下りれば言うことないもの。ひぃなの情熱に期待してるよ」


 可恋がニッコリと笑う。

 わたしの性格を知り尽くした作戦と言わざるを得ない。

 可恋の手のひらの上で踊ることになるが、それでもこんな機会を逃す手はない。


「絶対に学校でファッションショーをやってみせるんだから。その時は可恋に水着を着てもらうわよ!」




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・中学3年生。将来の夢はファッションデザイナー。昨年秋の文化祭でファッションショーを成功させた。


日野可恋・・・中学3年生。この中学を裏で支配していると囁かれている”魔王”。全校生徒の弱みを握っているという噂は否定した。


君塚紅葉・・・3年1組副担任。英語担当。今年度、望月校長と同じ中学から赴任した。


望月寿子・・・今年度この中学に赴任した校長。休校の対応に追われ教育方針の浸透は遅れている。

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