第388話 令和2年5月28日(木)「エプロン」日々木華菜

 わたしは毎日台所に立つ。

 それも1時間以上は優に。

 お父さんお母さんも料理好きなので一緒に作ることが多いけど、いまではわたしが中心となって我が家の調理を担っている。


 来年受験生になれば時間を減らすことも考えなきゃいけないと思う。

 だから、いまは精一杯料理に情熱を傾けたい。

 そんなわたしにとっての必需品がエプロンだ。

 エプロンを着けることで、よしやるぞと気合が入る。


 わたしの誕生日は4月の外出自粛の真っ只中だった。

 家族だけで少し豪華な食事をすることしかできなかったが、友人たちからお祝いのプレゼントをもらった。

 中でも多かったのがエプロンだ。

 わたしと言えば料理というイメージが定着しているようだ。

 アケミやハツミ、お父さんからもエプロンをもらい、最近はそれをローテーションして使っている。


 ちなみに、ゆえからはオーガニックハンドクリームをもらい、お母さんからは少しはオシャレにも気を遣うようにと高級そうなブラウスをもらった。

 可恋ちゃんからもらったのはステンレス製のミニボトルで、朝のジョギングの時に携帯するのに最適なサイズだった。

 しかも、ヒナと色違いのお揃いで、可恋ちゃんはわたしのツボをよく分かっている。


 そして、ヒナからもらったのは自作のエプロンだった。

 ヒナの手作りというだけで、わたしにとってはお金に換えられない宝ものだ。

 一生ものの家宝にしたいところだが、ヒナはわたしが使うものだと思っている。

 ヒナにとって、どれほど高い服でも着てこそ価値がある。

 ましてエプロンなんて。


「最初はもっとオリジナリティを出そうと思ったの」


 一昨日、久しぶりに家に帰ってきたヒナがわたしのエプロン姿を見て言った。

 それまで大事に仕舞い込んでいたヒナがくれたエプロンを身に纏い、わたしは台所に立っていた。

 週に1、2度ヒナが滞在している可恋ちゃんのマンションへ料理を作りに行っているが、そこでは可恋ちゃんから貸りたものを使っていた。

 我が家でヒナに料理を振る舞うのはちょっと特別な思いがして、勝負パンツならぬ勝負エプロンを着けてみたのだ。


 ……わたしはどんなものでもヒナが作ってくれたのなら飛び上がって喜ぶよ。

 そんな本心は決して口にしない。

 シスコンがバレてヒナに引かれるのも嫌だし、ヒナが一生懸命に考えてくれたことに対しても失礼だと思うからだ。

 ヒナはファッションに対していつも真剣だ。

 エプロンひとつにだって全力でデザインしてくれたに違いない。


「そうなんだ」と相づちを打つと、「実用性が大事だって可恋に釘を刺されたのよ」と口を尖らせる。


 ヒナのファッションは時々奇抜な方向に走りすぎることがある。

 フリルくらいならいいが、暴走したら相当デコったエプロンができたかもしれない。

 飾っておくだけならいいけど、使うとなると……。

 あまりきらびやかだと、わたしには似合わないしね。


「このエプロンは凄く格好いいよ」


 少し厚手の黒い生地にところどころ金の糸で刺繍が施されている。

 具体的な模様ではないが、なんとなく夜空がモチーフになっているように感じた。


「お姉ちゃんをイメージして作ったからね」とヒナは得意げだ。


「そうなの? わたしより可恋ちゃんの方が似合うんじゃない?」


「可恋だとハマりすぎて面白味がないから」とヒナは眉間に皺を寄せた。


 確かに、とわたしは納得する。

 可恋ちゃんは男性っぽい服装が似合うし、彼女自身そういった服装を好む。

 それがヒナには面白くないようだ。

 ファッションでは冒険を好むヒナだから、可恋ちゃんに事あるごとに女性っぽい出で立ちをさせようと張り切っている。


 昨夜は病院で検査があった可恋ちゃんが帰りにうちに立ち寄った。

 何時に寄れるか分からないから夕食は自分で用意すると話していた可恋ちゃんだったけど、遅くなってもいいから一緒に食べようというわたしの家族の説得を受け入れてくれた。


「夜分に済みません」と恐縮する可恋ちゃんを「疲れたでしょ」とヒナが甲斐甲斐しく気遣う。


 採血などがあってお昼抜きだった可恋ちゃんのために消化の良いものを中心とした献立を用意した。

 ヒナが「これはわたしが作ったのよ」と自賛していた。

 彼女の場合1年前は体力不足で料理を任せることができなかった。

 見た目はあまり変わっていないが、可恋ちゃんに鍛えられて基礎体力はついたようだ。

 それに伴い腕も上がった。

 ただわたしや可恋ちゃんが先に動いてしまうせいか、料理で必要な段取りを考える部分があまり上達していない。

 それに天才肌なところがあるので、料理でも思いつきを優先してしまう懸念があった。


 今日は2日間大活躍したエプロンの洗濯が待っている。

 当然手洗いだ。

 普段は洗濯機に放り込んでしまうのだけど、ヒナのエプロンにその選択肢はない。


 既製品なら洗い方が表示されているが、もちろんこのエプロンにはそんなものはない。

 ヒナに洗い方を聞いてみたが、洗濯機でいいんじゃないのとあまり関心がないようだった。

 自分の服のメンテナンスはしっかりしている方だが、人の何十倍もの量の衣類を所有しているのだから、そのすべてを完璧に管理できているとは言えない。

 一着一着に愛着を持ち、いつどこで買って、いつどんな組み合わせで着たのかしっかり覚えているヒナなのに、着れなくなると惜しげもなく処分する。

 ファッションへの思い入れは強いが、あくまでもヒナにとって衣類は身を飾り自分を表現するための手段なのだろう。


 わたしが頼ったのは服飾のプロでもあるお母さんだ。

 デパートで売り手の立場から長年ファッションに携わってきた。

 洗濯や保管のやり方はお客さんからよく質問されるらしい。


 お母さんは生地や作成方法から洗い方のアドバイスをしてくれた。

 ただどんなに完璧に洗濯したところで、色落ちなどの劣化は起きると言われた。

 使う以上はそういうものだから。

 わたしはお風呂場で覚悟を決めてヒナがくれたエプロンを洗った。


「うまく洗えたじゃない」と陰干ししているエプロンを見てお母さんが褒めてくれた。


「さすがに1回洗って傷むようじゃ洗い方より作り方に問題があったとしか言えないよ」


 口ではそう言ったが、内心はヒヤヒヤしていた。

 ヒナの裁縫の腕を疑いはしないが、万一ということは考えられる。


「傷んだら、また作ってもらえばいいじゃない」とお母さんは気軽に言うが、そういう問題じゃない。


「昔ヒナが買ってくれたエプロンも使わず大事に保存しているんだものね」とお母さんが笑う。


 ヒナの衣装代は祖父がすべて出すが、わたしへのプレゼントはヒナのお小遣いの中から買ってくれたものだ。

 それを大切にしないハズがない。

 だって、ヒナはわたしの特別なんだから。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木華菜・・・高校2年生。最近ヒナ分が不足気味だったので妹の里帰りを機に思いが爆発した模様。


日々木陽稲・・・中学3年生。可恋と同棲中。将来の夢はファッションデザイナー。


日野可恋・・・中学3年生。キッチン用品について使い勝手が良いものは華菜と情報を共有し、時折食事を作ってくれるお礼として華菜にプレゼントしている。


野上ゆえ・・・高校2年生。華菜の親友。イベントが好きだが自粛自粛でフラストレーションが溜まっている。


 * * *


ゆえ:『そういえば去年もカナの誕生日はお祝いできなかったんだよね』


カナ:『ちょうどヒナがおたふく風邪に罹っていたからね』


ゆえ:『感染症恐るべし……』


カナ:『そうだね。料理やっていると余計に気をつけなきゃって思うもの』


ゆえ:『来年は盛大にやるからね』


カナ:(ゆえといいヒナといいなんでそんなに大規模にしたがるんだろう……)『友だち数人で盛り上がれたらいいね』


ゆえ:『よし! わたしとヒナちゃんと可恋ちゃんでいまからプロジェクトを打ち立てよう!』


カナ:『ゆえ……、わたしの話も聞いて……(懇願)』

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