第369話 令和2年5月9日(土)「Web会議再び」須賀彩花

『あー、もう最悪!』


 不機嫌を隠し切れない、というか、隠す気もない様子で優奈が嘆いた。

 今日は土曜日なのでオンラインホームルームはお休みだ。

 代わりに日野さんの提唱でオンライン会議が行われている。

 参加者は3年各クラスのオンラインホームルーム中心メンバーだ。


『そっちにいたら一軒一軒回って殴り飛ばしてやるのに』と優奈は物騒なことを言う。


 彼女はまだ新潟の親戚宅に行ったままだ。

 戻っていなくて良かったと言うべきかもしれない。


『大変なのは分かりますが、そうけんか腰だと協力してくれないわよ』


 美咲が宥めると、『美咲みたいな人徳がないから、日野のように恐怖で支配しないと従ってくれないんだよ』と優奈は茶化した。

 その発言に日野さんは無表情のままだが、日々木さんが眉間に皺を寄せている。


『ホームルームの楽しさが伝わると、きっと増えてくるよ』とわたしは場を和ませようと笑顔で言った。


 先行してスタートした1組を除いて、連休明けの木曜日からオンラインホームルームを開始した。

 美咲やわたしが属する3組は7割程度の出席率だった。

 2組もそれくらいで、5組はかろうじて半数を超え、優奈の4組は半分に届かなかったと聞いている。

 本来、優奈を支えるべき同じクラスのひかりや三島さんすらサボったというのだから、優奈が怒るのも無理はない。


『須賀さんの言うように無理せずコツコツやっていきましょう』と日野さんが締めて次の議題に移る。


『私たちも生徒による授業をやった方がいいの?』と質問したのは5組の千草さんだ。


 それに対して日野さんは険しい表情で首を振った。

 そして、いつものよく通る声で『実験のようなものだからお勧めはしない。それよりも出欠以外で参加者全員が会話に加われるようにした方がいい。アンケートのお題を募集して答えてもらうとか、そんなことでいいんじゃない』と答えた。


『でも、もう少し勉強に関係することをやった方がいいんじゃない?』と千草さんが食い下がる。


『横浜はオンライン環境が進んでいるって聞くし……』と不安げに付け加えた。


 ここにいる全員が中学3年生だ。

 年が明けると高校受験を迎えることになる。

 神奈川県内すべての中学3年生がライバルということになるが、この休校期間中は自治体ごとに対応が異なっている。

 塾や家庭学習による格差は仕方ないと思えるが、地域による格差が生まれることはなんだかやり切れない感じがする。


『横浜はオンライン授業といっても対面ではなく授業の動画配信のようね。ただ学校単位で取り組めばちゃんと学習したかどうか確認できるし、生徒の動機付けにもなるでしょう』


 日野さんの回答に千草さんが頷いた。

 学習動画に関しては日野さんから参考にしてとたくさん教えてもらった。

 世の中には無料の学習動画がこんなにあるんだと初めて知った。

 実際はもっともっとあるんだろう。

 その中でも信頼できそうなものを厳選してもらって、それでも休校中に全部見られないくらい多い。


 こんなにあるんだから、いくらでも自分ひとりで学習できそうな気はするがこれがなかなか難しい。

 普通に勉強するよりもハードルが高いというか気合いが必要になる。

 しかも、集中力が続かない。

 だらだらと流し見するだけだと全然頭に入ってこない。

 学校の授業の偉大さがほんの少し分かった気がした。


『みんなで同じ動画を見て、分からないところは質問し合うような使い方ができればいいんだけど、難しいんじゃないかな』と日野さんは言葉を続けた。


 千草さんは乗り気で『試してみたい』と言うが、日野さんは『勉強する雰囲気作りは大事だけど、押しつけになるとオンラインホームルーム自体に参加する意欲がなくなるから気をつけてね』と目を細めて注文した。

 美咲も『勉強する雰囲気作りが課題ですね』と頷く。

 わたしは『いきなり動画を見るようにって言われるよりも、切実に勉強しなきゃって思っている人相手にこんな動画があるから一緒に見てみようって言われる方がいいかも』と口を挟んだ。

 千草さんは頬に手を当て、『勇み足にならないように気をつける』と納得したようだった。


『1組っていつもこんな会話してたの?』と感心した声を上げたのは阪本さんだ。


『2組なんて恋バナかテレビドラマの話ばっかだったよ』とカラカラと笑う。


 今日の参加者の大半は元2年1組だが、何人か別クラスだった人が加わっている。

 3年2組で、陸上部部長の阪本さんもそのひとりだ。


『日野のせいだな』と真っ先に答えたのは優奈だ。


 優奈は何かと阪本さんにちょっかいを出す。

 いまは同じ運動部の部長同士で張り合うことも多い。


『1組がいつもこんな話をしていた訳ではないけど、勉強する雰囲気を日野さんが作ってくれたのは大きかったと思う』とわたしも優奈に同意する。


『尻を叩いてくれる奴がいると少しはやらなきゃって思うからな。鬱陶しかったけど』


 そう言って優奈は笑うが、いまのクラスではサポートがなくて大変なのだろう。

 同じことを感じたのか美咲が『優奈……』と呟いた。


『松田さん、4組を手伝ってくれる?』と日野さんが言い出した。


 驚く美咲と優奈に、『誰をサポートにつけるか迷ったんだけど、松田さんが最適だと思う。3組は須賀さんに頑張ってもらう』と日野さんはキッパリと言った。

 突然名前を出されて『わたし?』と聞き返したら、『田辺さんもいるんだしできるよね?』と言われてしまった。

 わたしは画面上に映る綾乃の顔を見てから頷く。


『須賀さん、強くなったね』と阪本さんが微笑んだ。


 運動会の実行委員に選ばれた時はオロオロして同じ実行委員だった阪本さんにかなり助けてもらった。

 その時のことを知っているから出た言葉だろう。

 わたしは『助けてくれる友だちがいるから』とはにかんで答えた。

 ひとりでは無理でも綾乃と一緒なら。

 会うことはできなくてもこうして繋がっていられるから。


 きっと大丈夫だ。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・3年3組。ダンス部副部長。美咲の幼なじみ。綾乃と仲が良い。


笠井優奈・・・3年4組。ダンス部部長。同じクラスで同じダンス部の渡瀬ひかりや三島泊里がオンラインホームルームに参加せず切れ気味。


松田美咲・・・3年3組。優奈の親友でお嬢様。


田辺綾乃・・・3年3組。ダンス部マネージャー。家からは出してもらえないが、オンラインでの活動は認めてもらった。


日野可恋・・・3年1組。3年の学年主任である桑名先生と連携を取りながら生徒主導によるオンラインホームルームの活動を行っている。4組のサポートは生徒会長の山田小鳩に頼むつもりだったが、コミュ障気味の小鳩より美咲の方が良いと判断した。


日々木陽稲・・・3年1組。可恋と同棲中の超絶美少女。なお、運動はいまも苦手。


千草春菜・・・3年5組。学年トップを争う優等生。勉強ができる反面、人の気持ちを汲みとることはやや苦手。


阪本千愛・・・3年2組。陸上部部長。面倒見が良く人望が厚い。


 * * *


 会議は無事に終わり、雑談タイムになった。

 運動会実行委員の話から、『今年は運動会できるのかな?』とわたしは不安を口にする。


『どうだろう。時期的にはできそうだけど、授業時間が足りないからね』と言った日野さんは『クラス対抗リレーだけでもやりたいのに』と意外な言葉を付け加えた。


『創作ダンスじゃなくてクラス対抗リレー?』とわたしは聞き返す。


 うちの中学校で運動会の名物は創作ダンスだ。

 去年はその練習でクラスがまとまり、更にダンス部の創部に繋がった。


『今年は勝てそうだから』と日野さんは微笑む。


『アタシが先頭でバトン渡したのに日野が逆転負けしたやつだ』と優奈が言ったので思い出した。


 大接戦となったのだ。

 アンカーだった日野さんは陸上部の宇野さんと阪本さんに抜かれ3位に終わった。

 その時は相手は陸上部だからと平然としていたのに、根に持つほど悔しかったのだろう。


『日野さんと都古が同じクラスって反則だな』と阪本さんが言い、『早也佳と麓もいるから独走しそうだよな』と優奈が同意する。


 こういう時だけは息が合う。


『あれだ。日々木さんをメンバー入りさせるってハンディが必要だな』と優奈が言うと、日野さんは真面目な顔で『5メートルでいいならその条件を飲むわ』と答えた。


『ひどーい!』と激おこの日々木さんをみんなが微笑んで見つめる。


 こんな他愛のない日常が続きますように。

 不安ばかりの現実の中でそう祈らずにいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る