第339話 令和2年4月9日(木)「マスク」原田朱雀

 最近は手芸部の3人でビデオチャットをしながらマスク作りをするのが恒例になっている。

 先週あたしが提案した――日本政府のパクリだけど――マスクを作って学校のみんなに配ろうという手芸部の方針は、顧問の橋本先生にも承認されて動き始めた。


 あたしは超久しぶりにちーちゃんと手芸店へ買い物に行った。

 一斉休校が始まった直後から風邪を引き、病院以外は外出できなかった。

 あまりに日の光を浴びていなかったから、体調が回復してから短時間の散歩は親から許されたけど、人が集まっていそうな場所へ近づくことは止められていた。

 3月下旬の登校日も大事を取って休んでいたので、ちーちゃんと出歩くのは1ヶ月以上振りとなった。


 マスクは肌に直接触れるので、ネットではなく実際に触って布選びをしたかった。

 とりあえず2クラス分を目処に購入し、半分はあたし、残り半分のうち三分の一をまつりちゃんに作ってもらって、残りはちーちゃんという分担とした。

 集まって活動したいのはやまやまだが、そこは自粛してそれぞれの家でマスク作りがスタートした。


 早速完成した第1号は日々木先輩に差し上げようと思い連絡した。

 しかし、「わたしは自作できるから気持ちだけ受け取っておくね。その分をみんなに分けてあげて」と女神の微笑みで言われてしまったのでそれ以上強くお願いできなかった。


「作り方や型紙をみんなに教えてあげるのはどうかな?」と日々木先輩は提案してくれた。


 更にである。

 マスク作りの話が日野先輩に伝わり、数々のアドバイスをもらった。


「生徒に配るのなら生徒会の予算から出してもらえるようにするよ」

「生徒の分を作ってまだ余裕があれば先生たちの分も作って欲しい」

「マスクの作り方は学校のホームページにも載っているけど、ネットを使わない人だっているだろうからプリントで配った方がいいね」

「布マスクは雑菌が繁殖しやすいので洗い方もセットで教えた方が良い」


 敵に回すと恐ろしいが、相変わらず有能な人だと感心する。

 そのプリントはクラスメイトのみっちゃんに作ってもらえることになった。


「手伝ってくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えると、「すごく立派なことだと思うから、わたしも協力できて嬉しいよ」と笑顔で応えてくれた。


 こうして始業式の日には配布するマスクの第一弾が準備できた。


「ああ! 女神さまっ!」


 あたしはクラス名簿の前で両手を合わせて叫び声を上げた。

 驚いてこちらを見る顔もあったけど、気にしない。

 だって、ちーちゃん、みっちゃん、まつりちゃんと同じクラスになったのだから!

 思わずちーちゃんと手を取り合って踊ってしまった。


「わたしの日頃の行いが良いから」とちーちゃんが胸を張る。


「いや、絶対に女神さまのご加護だよ」とあたしは力説する。


「女神さまの第一の使徒たるわたしを崇めてね」とちーちゃんが調子に乗るので、「一番弟子はあたしだよ!」と抗議する。


 そんなあたしたちのやり取りをまつりちゃんが困った顔で「まあ、まあ」と諫めていたが、彼女もいちばん仲が良い友だちと同じクラスになったので明るい表情をしていた。


「1年の時は最悪のクラスだったけど、いまはヤバいくらいに嬉しい」


 あたしの口からそんな本音が漏れるほど、新しいクラスは快適な雰囲気だった。

 特に女子は真面目そうな生徒ばかりなので平和な予感しかしない。


「このクラスでいちばんの問題児はすーちゃんかもしれないね」とちーちゃんに言われてしまうほどだ。


 そして、マスクも好評をもって迎えられた。

 給食の配膳の時につけるような野暮ったいマスクではなく、手芸部の総力を挙げてオシャレを意識してデザインしたマスクだ。

 女子からは可愛いとかこれなら着けられるとか言ってもらえて胸をなで下ろした。


 欠席者も結構いたし、何より手芸部の部員が全員同じクラスになったので配布予定のマスクが結構余った。

 橋本先生を通して先生方への配布を終え、あとは登校日に配ってもらう予定にしていた。


 ところがである。

 昨日、緊急事態宣言が出されたことで分散登校が中止になると発表された。

 それを聞いて、あたしの頭の中にガーン! と衝撃が走った。


「これじゃあ作っても配れるのは5月になってからだよね。その頃にはもうマスク必要なくなっているかもしれないじゃん」


 あたしがマスク作りの手を止めて、ちーちゃん相手に愚痴っていると日野先輩から連絡が来た。


「マスク作りは予定通りに進めて欲しい」


「いいんですか?」と尋ねると、「学校再開がいつになるか分からないから急ぐ必要はないよ。ただ当分の間はマスクがいらない状況にはならないから」と日野先輩は断言した。


「政府からの配布以外にも文部科学省からひとり2枚配ると聞いている。必要がないと感じる生徒が多くいるようなら、必要な場所へ寄付すればいい。ちゃんと手芸部の名前が出るように取り計らうから心配しないで」


 そして、日々木先輩からは「見た目で勝てば良いのよ!」と力強い励ましの言葉をいただいた。

 俄然やる気が出たあたしたちは、いまもせっせとマスク作りに勤しんでいる訳だ。


「……おかしいな。なんだかあたしたちって魔王軍で働かされている気がする」


 あたしたちは魔王の手から光の女神様を救い出すために戦う勇者一行だったはずだ。

 生徒会が活動停止中なこともあって、追加分の布の経費は日野先輩のポケットマネーから出してもらっている。

 あくまで部活動なので労働に関しては当然ただ働きである。


「いまは更なる強敵の前に、魔王と女神さま、そして勇者までが手を取り合って戦う時」


 そんなちーちゃんの言葉に「いいの? それで」とあたしは訝しく思って聞いてしまう。

 いや、手を取り合うのは分かる。

 ただ勇者なのに魔王の指示に従って肉体労働をしている構図が……。


「先輩後輩なので仕方ない」とあたしの意図を酌んでちーちゃんが答えるが、そこでいきなり現実世界の関係を持ち出されても。


「わたしたちは光の女神さまを助け出すまではどんな艱難辛苦も乗り越えなければ!」


 それは分かる。

 ちーちゃんが言うように日々木先輩のためだと思えば頑張れる。

 それが結果として魔王を利すことになったとしても。


 ようやく納得しかけたところで、ちーちゃんが「しょせん勇者も魔王の駒」だなんて言い出してずっこけた。

 まあいいか。

 いままであたしは自分のためにいろいろなものを作って来た。

 それが悪いとは思わないし、これからも自分のために作り続けるだろう。

 でも。

 マスクを受け取ったクラスメイトたちの喜ぶ顔を思い出すと、これはこれで頑張ろうと思えるよ。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・2年2組。手芸部部長。昨年7月に千種とともに手芸部を創部した。その際に陽稲たちから助力を受け、彼女を光の女神さまと崇めるようになった。


鳥居千種・・・2年2組。手芸部副部長。趣味はウェブ小説を読むこと。特に異世界転生ものが好き。光月と朱雀を主人公とした異世界転生マンガを作っている。


矢口まつり・・・2年2組。手芸部。朱雀の隣りのクラスだったがかなり強引に勧誘された。ふたりに比べて腕は未熟なため割り当ては少ない。


山口光月みつき・・・2年2組。美術部。クラスで孤立していじめを受けていたが、その後は朱雀たちと一緒に行動するようになった。


日々木陽稲・・・3年1組。ファッションに興味があり自作もしている。将来の夢はファッションデザイナー。


日野可恋・・・3年1組。下級生からは”怖い先輩”と呼ばれている。朱雀たちが言い出した”魔王”という呼称も定着しつつある。

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