第324話 令和2年3月25日(水)「ジジイ対策」野上月
今日は久しぶりの登校日だ。
朝は冷えたが、日が照って気温は上昇しそうだった。
クラスによって開始時間が異なる時差登校、更に出席番号で1クラスをふたつに分けて別の教室で連絡指導が行われた。
ここまでするのかという物々しい対応だ。
できる限りマスクを着用するようにという連絡があったので、さすがにマスク姿の生徒が多い。
中にはアケミのように手作りのマスクをしている子もいる。
連絡や指導は1時間も掛からず、このくらいなら動画で配信するとか他にやり方があったんじゃないかと思ってしまう。
成績表だって絶対に紙である必要はないじゃん。
先生には速やかに帰るように言われたが、これがこのクラスで集まる最後の機会だ。
クラス全員で集まって何かをするという訳にはいかないが、親しかった生徒同士学校帰りに待ち合わせしているケースは目についた。
「大丈夫?」とカナがアケミを心配する。
わたし、カナ、アケミは同じ教室だったので、学校の外でハツミが来るのを待っていた。
アケミは教室でも何度か咳き込んでいたが、いまも体調が悪そうだ。
「うん、平気」とアケミは微笑んでみせるが元気そうには見えない。
そこに、「お待たせ」とハツミが元気な顔でやって来た。
帰りに4人でどこか寄ろうと考えていたが、アケミは早く帰した方が良さそうだ。
「アケミ、無理しない方がいいんじゃない?」とわたしが言うと、「どうしたの?」とハツミが関心を示した。
「アケミが風邪気味なのよ」と説明すると、「学校に来ない方が良かったんじゃない」とハツミが言った。
「親にそれくらい大丈夫だろうって言われて……」とアケミは小声で説明する。
アケミを除く三人は思わず顔を見合わせてしまう。
学生である以上親の言いつけに背くことは難しいが、よりによってこの大変な時期にそんな旧態依然なことを言われるとは……。
「うちの両親はちょっとくらい体調不良でも休めないから……」とアケミは言葉を続けるが、三人は黙り込んでしまった。
うちも母親の方は少し体調が悪くても仕事に行くタイプだが、いまは無理をしないようにしている。
自由人の父親は非常時の方が生き生きとしているように見えるので普通の人と同列に扱ってはいけないだろう。
「それにね、なかなか自由に外出できないから、今日は大手を振って出られて嬉しかったの」
アケミの言葉にわたしは首を傾げる。
昼間は妹とふたりだけだと聞いている。
見張られている訳でもないのに……と思っていると、アケミは気まずい表情で「家から外に出てすぐのところにいつもお爺さんが立っているの。その一帯の地主さんなんだけどね。子どもがその前を通ろうとすると怒られるの」と語った。
「何それ、ひどい!」とすぐにわたしは大声を上げる。
気の弱いアケミはまるで自分が怒鳴られたかのように身を竦めた。
それを悪いと思いながらも、わたしは怒りが収まらなかった。
「最初は外出禁止みたいに言われていたけど、公園なんかで適度に運動することは推奨するって変わったじゃん!」
アケミも当然知っていて、わたしの言葉に頷く。
アケミが「説明はしたんだけど……」と申し訳なさそうに話すので、「文句言いに行こう!」とわたしは声を荒らげた。
「怒らせるのは……」と困るアケミを見かねて、カナが「ゆえ、落ち着こう」と声を掛けてきた。
わたしだってアケミを困らせるつもりはない。
そのジジイに腹を据えかねているだけだ。
それでも腕を組み、口を真一文字にして黙り込んだ。
マスクをしていたから口は見えなかっただろうが。
「アケミはもっと自己主張した方がいいと思う」と忠告したのはハツミだ。
「自分や家族を守るために、言うべきことは言わないと。それでダメなら相手にしない。無視し続けていたら向こうも言わなくなるんじゃない?」とハツミはわたしより現実的な対応を口にする。
アケミは俯き、黙り込んだ。
性格的にハツミの言うような対応は難しいだろう。
わたしの案なんて論外だろうが。
「カナはどう思う?」と沈黙の重さに耐えかねてわたしは話を振った。
「うーん、そうだなあ。そのお爺さんといろいろ話してみるのはどうかなあ?」とカナが考えながら言った。
「話す?」と聞くと、「ずっと外に立っているってことは暇なんだろうし、話せば理解し合えるんじゃない?」とカナが笑う。
「でも、頑固オヤジっぽいよ?」とハツミは決めつけるが、「話してみないと分からないじゃない」とカナはこともなげに話す。
「そんなにうまくいくかなあ」とハツミは納得していないが、カナらしい――というか、ヒナちゃんのお姉さんらしい――考え方だとわたしは思った。
「どうするにせよ、協力はするから。今日は無理せずに帰ったら」とわたしが言うと、アケミは名残惜しそうに頷いた。
アケミは普段は自転車通学だが今日は電車で来たそうだ。
わたしとハツミは電車でカナだけが自転車。
わたしとハツミが送ろうかと申し出たが、わたしたちがジジイと顔を合わせることを恐れたアケミはキッパリと断った。
アケミが去って行く後ろ姿を見ながらわたしは溜息をついた。
そんなわたしにカナが「どうしたの?」と尋ねる。
「ハツミやカナはちゃんとした対応策を言ったのに、わたしだけ子どもっぽい発言だったなあって」
「そんなことないよ。あんなに怒ってくれてアケミは嬉しかったと思うよ」とカナが慰めてくれる。
ハツミも「ゆえが脊髄反射してくれたから、その間に自分の考えをまとめることができたのよ」と笑う。
褒められているのかどうかは微妙だが、わたしたちは良い関係が築けていると言えるだろう。
「また同じクラスになれたらいいね」としんみりするカナに、「クラスが違っても友だちなのは変わりないから」とわたしは明るく話す。
「ハツミはわたしたちとクラスが別れたらぼっちに逆戻りね」とさっきの仕返しでバカにすると、「ぼっちじゃないし」とハツミはそっぽを向く。
「ぼっちだったよね?」とカナに確認すると、「からかいすぎ」とカナに叱られてしまった。
ここは「ごめんごめん」と言いながらハツミに抱きついてあげるところだが、こんなところにも影響は及ぶ。
エアハグで我慢して、「お詫びにジュースおごるから!」とわたしはハツミに笑い掛けた。
††††† 登場人物紹介 †††††
野上
日々木華菜・・・高校1年生。趣味は料理。休校中は自宅と可恋ちゃんのマンションを行き来していた。
矢野朱美・・・高校1年生。趣味は特になし。小学6年生の妹の相手をしながら自宅に籠もっていた。
久保初美・・・高校1年生。趣味はファッション誌を見ること。休校中はオンラインで英会話レッスンを受けていた。
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