第265話 令和2年1月26日(日)「顔合わせ」日々木華菜
今日は朝から雨だった。
わたしが起きる前はみぞれだったようで、道理で寒い訳だと思った。
幸い昼には雨は止んだが、気温は上がらない。
そんな中、わたしは横浜へ出掛けた。
駅前でゆえとハツミと合流し、目的のお店へ向かう。
寒くても街は賑わいを見せている。
わたしを含めマスク姿が目立つが、これだけの人混みだとしておいて良かったと思ってしまう。
街中には目を引くものが並び、つい足を止めたくなってしまう。
わたしは目新しい食べ物に目を奪われるが、ハツミは服やアクセサリーに興味を示す。
そのたびにゆえが急かした。
今日は人との待ち合わせなので遅れてはいけないと。
待ち合わせ時間よりかなり早く入店した。
かなり高級そうな喫茶店の二階席。
予約していた6人掛けの席にはすでに先客がいた。
「あらあら早かったわねぇ~」とわたしたちに気付きすぐに立ち上がったのは、髪も服装もゆるふわな感じの女性だった。
「ご無沙汰しています。
「ほらほらまずは座ってぇ~」と彼女は席を勧めてくれた。
柔らかい口調に語尾を伸ばし、おっとりした印象を受ける。
しかし、ゆえに聞いたところによると相当のやり手の女性らしい。
席にはもうひとりずっと座ったままでわたしたちを値踏みするように見ている女の子がいた。
わたしはその対面となる奥の席に座り、その横にゆえ、通路側にハツミが腰掛けた。
歓迎してくれた女性がゆえの向かいに腰を下ろし、あとひとつの空席の人物はまだ来ていないようだった。
今日はゆえを中心に企画しているファッションショーのスタッフの顔合わせだ。
ゆえは人脈作りが趣味といった感じの高校生で、その人脈の中から優秀なメンバーを集めたとわたしに説明してくれた。
ショーはゴールデンウィークの予定で、すでに色々と準備は進められている。
「わたしたちもいま来たところなのよぉ~」
ニコニコした彼女の笑顔を見て、ヒナがよく語る「笑顔は最大の武器」という言葉が浮かんだ。
一方、その横の目元が隠れるほど前髪が長い女性はニコリともせず、押し黙っていた。
「まずは注文しましょうかぁ~」
もうひとりの到着を待たずにオーダーすることになった。
メニューには普通の高校生がよく行くコーヒーショップの倍くらいの価格が並ぶ。
若干気後れしたが、こんなお店に来る機会はめったにないと思い、お店一押しのパンケーキのセットを注文した。
わたしとゆるふわなお姉さん以外はドリンクのみを頼み、お姉さんはプリンアラモードを頼んだ。
「待っている間に自己紹介を済ませましょうかぁ~」とお姉さんは会話の主導権を握ったままだ。
ゆえが「そうですね」と頷くと、お姉さんが「では、わたしからね」と名乗りを上げた。
「
大学名は口にしなかったが、可恋ちゃんのお母さんが教授を務める大学と並ぶ私立の名門だ。
ゆえが彼女の協力を取り付けた時に「これで成功の目処がついた」と言ったほどだ。
ただ、わたしの使命は彼女から妹のヒナを守ることにあった。
ゆえは”噂”だと言うが、彼女は女性に手を出すらしい。
「次は
「古川美桜。高校3年生」
ぶっきらぼうにそれだけ言って口を閉ざした。
「もぉ~、美桜ちゃんったら」と愛羅さんはまるで娘を見守る母親のような態度を取った。
「彼女はうちの系列の高校に通っているの~。優秀なのよぉ~。大学デビューに備えて頑張っているのよぉ~」
そんな愛羅さんの言葉に美桜さんはわずかに下を向く。
それだけで目元は見えなくなった。
それにしても超が付くほどの進学校に通う生徒と面識を得るなんてそうそうないことだ。
向こうはこちらをどう思っているか分からないけど……。
続いてハツミが自己紹介をした。
今日はシックな出で立ちで、愛羅さんよりも大人っぽく見えるほどだ。
愛羅さんがハツミに送る眼差しに熱っぽさかが感じられた。
ハツミには悪いが、愛羅さんのタイプがハツミなら、子どもっぽいヒナは対象外の可能性があるので安心できそうだ。
わたしの自己紹介の前に注文した品が届き、テーブルの上に並べられた。
わたしは「日々木華菜です。高校1年生です」とだけ告げて、パンケーキに向かおうとしたが、愛羅さんは「それだけぇ~? あなたの強みは何かなぁ?」と許してくれなかった。
「ファッションショーとは関係ありませんが、料理は得意です」と答える。
愛羅さんは「ふ~ん」と曖昧な笑みを浮かべている。
他のメンバーはこのショーで活躍してアピールする気満々のようだが、わたしはあくまでサポート役に徹するつもりだ。
わたしはパンケーキに口を付け、他の人たちも注文したものを口に運んでいた。
「あー、ゆえ!」と店内に不釣り合いな大声が響いた。
振り返るとひとりの少女がこちらに駆け寄ってきた。
ド派手なメッシュやウィッグで髪がとんでもないことになっている。
目は愛嬌があって可愛らしく、よく見れば顔立ちは幼い感じがした。
「あー、もう先に食べてる!」とわたしたちを見てまたも大きな声を出す。
「ごめん、早く集まったから先に注文しちゃった。時間はあるから、ゆっくり注文して」とゆえは彼女を席に着かせるとメニューを差し出した。
彼女はたっぷり時間を掛けてメニューを隅すら隅まで眺め、ようやくシーフードピラフを注文した。
その間、会話を進めることはできず、わたしたちは手持ち無沙汰だった。
わたしはパンケーキを平らげたが、愛羅さんはかなりゆっくりとデザートをつつき、美桜さんはスマホをいじっている。
ハツミは化粧室に行ったきりで、ゆえは時々ド派手な髪の少女の相手をしていた。
注文が済み、ハツミが戻って来たところで彼女が自己紹介をした。
「大野瀬みなみです。みなみと呼んでください」
「彼女は美容の専門校に通いながら高卒の資格を取ろうとしているの。学年で言えばわたしより1コ上ね」とゆえが補足する。
ゆえ以外の4人は改めて名前を名乗った。
それに対して、みなみさんはひとりひとりに「今度、髪切らせてください!」と声を掛けていた。
特に熱心だったのは美桜さんに対してで、具体的な髪型の提案までしていた。
それに対して美桜さんは「必要ない」と冷たく切って捨てた。
それでも「そんなこと言わないで、弾けちゃいましょうよ!」と怯むことなくアピールを続けていた。
「この6人に、わたしのクラスメイトでサポート役の矢野朱美、プロのデザイナーである式部さんのふたりを加えた8人が中心メンバーとなります」
ゆえが話を切り出した。
そして、自分のスマホを取り出して動画を前に座る3人に見せた。
「おー、すげえじゃん!」とみなみさんが声を上げる。
「これはわたしの母校の中学で昨年秋の文化祭に行われたファッションショーです」
愛羅さんは笑顔は変わらないが真剣な目つきで見入っている。
美桜さんは目元が見えないがそれでも食い入るように見ていると感じられた。
みなみさんはひとりひとりのモデルに寸評を加えながら楽しんでいる。
「これを越えることが目標です」と動画を流し終えるとゆえが3人に告げる。
あちらこちらに手作り感はあるが、ノウハウなど何もないところから可恋ちゃんが中心となってほぼ中学生の力だけでこれだけのものを作り上げた。
衣装に精通したヒナやお金持ちの友だちがいたという幸運はあったにせよ、自分たちが同じことをやろうと思えばその凄さがよく分かる。
「その動画、共有してもらえる?」と愛羅さんが尋ね、ゆえがゆっくりと首を横に振った。
「ショーは原則撮影禁止で行われ、この公式動画も流出しないように厳密に管理されています。今回特別に見せる許可をもらいましたが、約束を破ったらどんな目に遭うことか……」とゆえが苦笑した。
愛羅さんが目をキラリと光らせる。
「動画の管理もゆえちゃんが言っていた子がしているのねぇ~」と関心を示し、ゆえは「そうです」と頷いた。
「可恋ちゃんとヒナちゃんのコンビに打ち勝つには、8人の力を結集させる必要があります」
ゆえの言葉に美桜さんが「大げさね」と反論した。
気持ちは分かる。
中学生ふたりを相手に高校生や大学生が束にならなければいけないなんて普通は思わない。
「あなたならこんなイベントをできるのかしらぁ?」と愛羅さんに指摘されると、美桜さんは言葉を詰まらせた。
「優秀なだけじゃあ人はついて来ないわよぉ~」と追い討ちを掛けた愛羅さんは、「早く会ってみたいわねぇ~」と顔をほころばせる。
「それはそのうちに……」と躱したゆえは、「企画は順調に進捗していますが、わたしの負担が増えたので今後は役割を明確化し分担していこうと思っています」と本題に入った。
「出納管理を愛羅さん、モデル担当はハツミ、ヘアメイクや演出をみなみ、スポンサー対応と広報を美桜さんでお願いします」
名指しされた4人は頷いた。
そして、愛羅さんが「華菜ちゃんは?」とわたしに視線を向けた。
「カナにはわたしのサポートと全体の進捗管理をやってもらおうと思っています。あと、可恋ちゃんとヒナちゃんとのパイプ役という重大なミッションも」
実際のところはそれぞれの進行具合を確認して可恋ちゃんに伝え、アドバイスをもらう役目だろう。
ゆえは可恋ちゃんに対抗意識を抱いているが、それ以上にイベントの成功が最優先だと理解している。
デザイナーの式部さんだって、可恋ちゃんの知り合いの醍醐さんという人から紹介してもらったと聞いている。
ハツミを除く3人にゆえの言葉がどのように伝わったかは分からないが、どうやら納得はしたようだった。
その後は個別の課題についての詳細な話し合いが行われた。
さっき、ファッションショーの動画を見たことでイメージの共有が図れたから比較的スムーズに話し合いは進んだ。
愛羅さんはその雰囲気とは異なり、要所要所で鋭い意見を飛ばしてくる。
みなみさんも自分の得意分野についてはしっかりとした意見を出した。
むしろ美桜さんの方が場の空気に慣れず、最後まで口数が少なかった。
わたしも1年前だったら、こんな場所に放り込まれたら緊張して何も言えずに終わっていただろう。
高校生になってこの1年でそれなりに成長したんだと実感する。
可恋ちゃんのような飛び抜けて頭の良い子や、キャシーのように英語でしか意思疎通ができない相手と知り合って、いろいろ自分の力を試されたように思う。
そして、何よりゆえの存在が大きい。
それまでも友だちだったけど、いまは親友と呼べる間柄になった。
彼女のお蔭でわたしはこうして新しい経験をすることができている。
だから、わたしはこのファッションショーを成功させたい。
日に日にそんな思いが強くなっている。
裏方としてわたしはできる限りのことをやりたいと気持ちを新たにした。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木華菜・・・高校1年生。料理が好きで、将来は調理師か栄養士を目指している。
野上
久保初美・・・高校1年生。帰国子女。しかし、英語はそれほど得意ではない。大人びた美女で最近は磨きがかかっている。
古川
大野瀬みなみ・・・中学卒業後に美容の学校に通っている。高卒資格も取るために勉強している。ゆえたちより1学年上の年齢に当たる。
矢野朱美・・・高校1年生。華菜たちのクラスメイト。集合場所がお高い喫茶店と聞いて二の足を踏んだ。
日野可恋・・・中学2年生。ゆえのファッションショーには陽稲が参加を希望しているのでそれなりに協力的。
日々木陽稲・・・中学2年生。デザイナー役をやりたかったのに可恋の紹介から別の人に決まり凍り付いてしまった。
式部・・・和テイストが売り物の若手デザイナー。多芸に秀で、パフォーマーとしても活動している。
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