第252話 令和2年1月13日(月)「成人の日」日野可恋

 私は呪いに掛かっている。

 二十歳まで生きられないだろうという幼い頃に医者から告げられた言葉だ。

 言った方は相手が子どもだと思って何気なく発したのかもしれないが、言われた方は心の棘として永遠に刻み込まれることとなった。

 否。

 私が二十歳まで生きられれば、この呪いは解けるかもしれない。


「どう、具合は?」


「変わらないかな」


 毎日ひぃなが顔を見せに来てくれる。

 今回のように体調不良が長引くと、ひぃなの気遣いが本当にありがたいと感じる。

 独りでいることに慣れてるとはいえ、独りだといろいろと余計なことを考えてしまう。

 考えたところでどうしようもないことを。

 分かっていても、振り払おうとしても、ゾンビのように蘇ってくる悪夢のようなものだ。


「今日は良い天気だよ。朝は寒かったけど、いまはとても暖かくて春なんてすぐに来るんじゃないかな」


 春を待ち望む私を励ますようにひぃなが微笑んで言った。

 病室のような私の部屋の中で、生命力溢れる彼女の存在が眩しく感じられた。

 私も「そうだといいね」と微笑みを返す。


 私は寒さに人一倍弱い。

 免疫力が極度に低いという体質が冬になると私を苦しめる。

 どれほど万全を期しても体調を崩してしまう。

 ずっと暖かな部屋に引き籠もっていれば健康を保つことができるかもしれないが、日常生活のすべてを犠牲にして得られる健康は本当の意味での健康と言えるだろうか。


 とはいえ、正月明けから微熱が続いて、現在も部屋に引き籠もった状態に陥っている。

 ままならぬものだ。


「今日は成人式だね」と私は話題を振った。


「晴れ着姿の人がたくさんいたよ。晴れやかで良いよね」


 地方によっては成人式を前倒しで開催するところもあるが、地元の市では今日が成人式だと聞いている。

 そう言えば、母は東京のどこかの成人式で講演の仕事があると言っていた。

 旧友との再会に気を取られ壇上の話なんて誰も聞いてないのよと過去の成人式での講演の難しさを零していた。

 まあそんなものだろう。


「ひぃなが成人式の時は七五三と間違われなきゃいいけどね」と笑うと、「ちゃんと成長するわよ! ……たぶん」とひぃなは口を尖らせた。


「でも、わたしたちの成人式って18歳でやるのかな?」とひぃなは首を傾げた。


「成人年齢の引き下げは確か2022年の4月からだね。華菜さんが18歳の時はまだ20歳成人で、19歳になる年度に18歳成人に引き下げられるから、成人式も引き下げられると参加できないね」


「えー! それは可哀想じゃない!」


「いまのところ20歳成人式を継続するところが多そうだけど、成人式の年齢は法律じゃなくあくまで慣習で決まっていることだから、どうなるかは分からないよ」


 中学生のわたしたちにとっては18歳も20歳もまだまだ先というイメージだが、高校生である華菜さんならもう少し現実的な未来という感覚があるかもしれない。

 私も高校生になれば、二十歳の呪いへの印象は変わってくるのだろうか。


「可恋は成人式では晴れ着を着てくれるんだよね?」


 さすがに「生きていればね」と答えることは憚られたので、「成人式では着るよ」と答える。

 今年の正月の事件を受けて、着物は着ないとひぃなに告げたが、成人式はそういう訳にはいかないだろう。

 まあ、本当に生きていればの話ではあるが。


 ひぃなは楽しそうにどんな晴れ着がいいか語る。

 それに相づちを打ちながら、私は大人になる年齢について思いを馳せた。


 昔は子どもの頃から働き、一人前と認められたら大人だった。

 人生五十年の時代はわたしたちの年齢くらいで元服していた。

 現代は一律に年齢で決められるが、生きていくために必要な情報量が劇的に増えた時代とはいえ、それをすべてマスターしてから大人になるなんて言ってられないので、実際のところ大人と子どもの線引きにたいした意味は見出せない。

 人生二十年という呪いに掛かった私は、もうさっさと大人扱いしてよという思いが強かった。


 私が他のことに気を取られていたのに気付いたひぃなは、「いつまでも一緒にいられたらいいな」とポツリと呟いた。


「願いを叶えるためには最善を尽くさないとね」


 最善を尽くしても叶わない願いはいくらでもある。

 それを知っていてもなお、いや、知っているからこそ私は最善を尽くしたい。


 諦めることは簡単だ。

 他の人ならやり直せる。

 しかし、私は……。


 ひぃなは顔を上げて私を見る。

 その決意を秘めた眼差しは中学生には不釣り合いだろう。

 私のせいで年齢以上の苛酷な想いを抱かせてしまっている。


 そんなひぃなを愛おしくて抱き締めたいくらいだが、いまの私は他人との接触は避けている。


 私はただ微笑み、彼女の胸に渦巻く決意を見守ることしかできない。

 誇り高いひぃなのかんばせを私は目に焼き付けていた。

 呪いを討ち払ってくれるような聖なる魂の籠もった鳶色の瞳を私は決して忘れない。




††††† 登場人物紹介 †††††


日野可恋・・・中学2年生。幼少期は入退院を繰り返した。色々な医師や看護師と接してきた。


日々木陽稲・・・中学2年生。痩せすぎだったり、肌が極度に弱かったりするが、大きな病気には罹ったことがなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る