第251話 令和2年1月12日(日)「中学生」晴海若葉

 公園内は大きな木が多いので、今日くらいの小雨ならほとんど濡れずに過ごすことができる。

 家にいても退屈なので、あたしはすぐ近くにあるこの公園によく来ていた。


 最近、この公園でダンスの練習をしている女の子をよく見かける。

 たぶん、中学生だろう。

 今日も10人くらいが集まって、元気に踊っていた。

 あたしは少し離れた場所からその様子をじっと見ていた。


 あたしは小学6年生。

 あと少ししたら、あの子たちと同じ中学生になる。

 1つか2つしか歳は離れていないと思うのに、ジャージ姿の中学生たちはとてもお姉さんぽく見えた。


 ……あたしもあんな風になれるのかな。


 中学生になることへの不安はある。

 ただ、それ以上に仲の良い友だちと別れることへの不安が大きかった。

 小学校でいちばん仲が良い友だちが私立中学を受験する。

 他にもよく遊んでいた友だちが何人か。

 ほんの数ヶ月前までは休みの日は一緒に遊んでいたのに、みんな受験勉強に忙しくなってしまった。

 3学期になると学校を休む子もいて、とてもつまらなくなった。


 なんだか取り残されてしまったみたい。

 あたしは勉強はそんなにできる方じゃない。

 お母さんも「勉強しなさい」とはよく言うが、塾に行けとか受験しろとかは言わなかった。

 子どもだって、自分のうちがそんなにお金持ちじゃないことくらい分かっている。


 近くの中学校に行くとずっと思っていたし、そのことに不満なんてないけど。

 でも、友だちと一緒に行けないことが悲しかった。


 練習している女の子たちのダンスはとても格好良かった。

 見ていると自分でもやってみたくなる。

 しかし、離れているからどんな動きをしているのかあまりよく分からない。

 あたしはデタラメに手足を動かし、なんとなくダンスっぽいポーズを取った。


「ダンス、好きなの?」と突然背後から声が掛けられた。


 あたしが慌てて振り向くと、あたしより少し歳上っぽい女の人がふたりこちらを見て微笑んでいた。

 練習している人たちと同じ中学生くらいだろう。

 ただジャージではなくコートを着ていたので、よりお姉さんという感じがした。

 ひとりは親しみやすそうな笑顔を浮かべていて、もうひとりは小柄で綺麗な人だった。


「ごめん、驚かせちゃった?」と薄茶色のコートのお姉さんがあたしにニッコリと笑い掛ける。


 優しそうな笑顔に、あたしは「いえ」と言葉を返し、「あ、ダンスは嫌いじゃないです」と答えた。


「教えてあげようか?」と笑顔のままあたしに語り掛けてくれる。


 あたしは驚いて「いいの?」と口にするが、すぐに慌てて「ですか?」と言葉を付け加えた。

 お姉さんは気を悪くした様子もなく、うんと頷いた。


 優しいお姉さんは薄茶色のコートを小柄なお友だちに持ってもらい、セーター姿で踊ってくれた。

 ダンスは間近で見ると、もの凄く迫力があった。

 話していた時は普通の女の子って感じだったのに、踊り始めるととても凄い人のように見える。


 一通りダンスを見せてくれたあと、「全部教えるのは無理だから、いちばん踊りたいところを言って」と言われた。

 あたしはいちばん動きが激しくて格好良かったところを動きを交えながら伝える。

 お姉さんは「わたしもそこは好きだよ」と言って、手取り足取り教えてくれた。


「うまい、うまい」とか「ダンスの才能があるよ」とか褒めてもらいながら身体を動かしていると、最初はできなかったことが少しずつできるようになった。


 小柄なお姉さんがスマホであたしが踊っているところを撮影し、見せてくれる。

 お姉さんのようには踊れていないけど、それでもダンスっぽくなっていて嬉しかった。


「先輩たち、何をやっているんですか?」


 あたしが練習に夢中になっていたら、ジャージ姿の中学生ふたりがあたしたちのいる場所にやって来た。

 さっきまで中学生が練習していた木の下には人がいなくなっていた。

 練習が終わったのだろう。


「1年生の自主練の様子を見に来たんだけど、この子に教えだしたら夢中になっちゃって」と優しいお姉さんが笑って答えた。


 ジャージ姿のふたりはあたしを何者だろうといった目で見た。

 ふたりのうち眼鏡を掛けた方は目つきがきつくて怖そうだった。


「そんなに怖い顔したら、この子が怯えちゃうじゃない。秋田さんも怖い先輩って呼ばれるようになるよ」


 優しいお姉さんにそう言われ、眼鏡の人はショックを受けたような顔になった。

 それを見たジャージ姿のもうひとりは吹き出して、声を上げて笑い出した。


「そういえば名乗っていなかったね。わたしはそこの中学の須賀彩花。ダンス部の部員なの」


 優しいお姉さんが笑顔で自己紹介した。

 あたしも慌てて自己紹介をする。


「あたしは晴海若葉です。小学6年生です」


「若葉ちゃんか。若葉ちゃんも中学はそこの予定?」と百数十メートル先にある中学校の方を指差しながらあたしに尋ねた。


「はい」と頷くと、「もし興味があるなら、ダンス部に来てね」と誘ってくれた。


「あ、はい」とあたしは意気込んで返事をした。


 中学には不安な気持ちばかりで楽しみなんて全然なかったのに、すっかり変わってしまった。

 あたしはダンス部に入るんだと、たったこれだけのことで思うようになった。

 あたしの気持ちが伝わったのか、須賀さんは「待っているからね」と声を掛けてくれる。


 中学生のお姉さんたちと別れ、あたしは小雨の中を家まで全力で走った。

 なんとなくそうしたかったのだ。

 じっとしていられない。

 心の中から湧いてくるものがあった。

 顔に当たる雨粒が気持ちいい。


 ……あたしもあんな中学生になるんだ。


 そう思うと、ワクワクする気持ちが抑えられなかった。




††††† 登場人物紹介 †††††


ほのか「……私、怖い?」


あかり「え!? 自覚なかったの?」


ほのか「……」


あかり「同じ1年生でも怖がっている子がいるよ」


ほのか「それはまあ色々と言ったから仕方ないと分かっているけど……」


あかり「踊っている時以外、笑顔がないのがいけないんじゃない?」


ほのか「そんなヘラヘラ笑ってばかりいられないわよ」


あかり「……それって」


ほのか「べ、別に副部長を批判している訳じゃないわよ!」


あかり「何も言っていないじゃない」


ほのか「……あかりの意地悪」

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