第248話 令和2年1月9日(木)「手芸部戦略会議」原田朱雀

「それでは令和2年手芸部戦略会議を始めます」


 あたしがそう宣言すると、お約束のようにまつりちゃんが「え、え、えー」と声を上げた。

 彼女はあたしのノリについて来てくれるとても良い子だ。


「せ、戦略会議ってなんですか?」と聞くので、「この前テレビでやっていて格好良さそうだったから使ってみたの」と暴露する。


「要するに、今後の方針を決める会議だね」と説明すると、「先輩たちや橋本先生がいなくてもいいんですかぁ?」とまつりちゃんは不安そうな表情で質問する。


「部長と副部長がいるから大丈夫だよ」とそこはさらりと流す。


 今日も用事があるということで来なかった先輩たちは普段それほど出席率が高い訳ではない。

 部の方針などに口を挟まない代わりに、こちらもあれこれ口を出さないという関係が成り立っている。

 部の存続のために籍を置いてくれているのはありがたいが、それ以上のことは求められなかった。


 顧問の橋本先生は、いると口やかましかったりするので、こういう時はいない方がありがたい。

 家庭科の先生の割にと言っては失礼だが、意外と忙しいようでそれほど頻繁に部活中に顔を出さないので助かっていた。


「まだ先の話だけど、手芸部の命運を握るのは4月の部活紹介だと思うの」


 あたしは本題を切り出した。

 新年の部活動の最初に相応しいテーマだと思う。


「世界を救うにはパーティメンバーの補充が必要」とちーちゃんが頷くが、その通りだ。


 ……いや、世界は救わないけどね。


「やっぱり手芸部だから、作ったものでアピールしなきゃじゃない。そのためにはいまから始めないと遅いと思うのよ」


「すーちゃんにしては計画的」とちーちゃんが褒めてくれる。


 まつりちゃんもこの言葉にはうんうんと頷いた。

 あたしはさすが部長でしょと言わんばかりに胸を張ってみせた。


「それで、何を作るんですか?」とまつりちゃんが尋ねるので、「それをいまから考えるのよ」と説明する。


「インパクトがあるものが良いわよね」とあたしが口にすると、「インパクト……」とまつりちゃんが考え込んだ。


 あたしも腕を組んで考えるが良いアイディアが浮かばない。

 こういう時は頭が良いちーちゃん頼みだ。

 何かヒントがないかとちーちゃんに視線を向ける。

 彼女は何も考えていないような顔付きで、ボソッと「みんなが素敵だと思うものを考えればいい」とヒントを出してくれた。


 あたしが素敵だと思うもので、みんなも素敵だと思うものと言えば、日々木先輩しかない。

 それを手芸部の目玉とするにはどうすればいいか。


「そうか! 日々木先輩の等身大ぬいぐるみを作ればいいんだ」


 まつりちゃんはあたしの言葉を聞いて「え、え、えー」と声を上げているが、ちーちゃんはあたしの提案を真面目に検討しているようだ。

 あたしが自分のアイディアを気に入って、どう作ろうか考え始めた頃に、ちーちゃんが険しい表情で予言した。


「光の女神像をめぐって闇の魔王が動き出すと思うけど、竜騎士であるすーちゃんは勝利できるの?」


 クリスマスプレゼントに手作りのちっちゃい竜らしきものをもらってから、ちーちゃんの中であたしは勇者から竜騎士にクラスチェンジしたようだ。

 それはともかく、あたしたちが日々木先輩の等身大ぬいぐるみを作ろうとすれば、あの怖い先輩が邪魔をしてくる可能性は高い。


「バレないようにこっそりと作る?」とあたしが言うと、「でも、本人には許可取らないとダメですよね?」とまつりちゃんに指摘された。


 あたしはまた腕を組んで首を捻る。

 そうなんだ。

 なぜか日々木先輩はあの怖い先輩と仲が良く、許可をもらおうとすれば怖い先輩の耳にも入ってしまうだろう。


「日々木先輩に黙っておいてもらうってできると思う?」とちーちゃんに聞いてみると、彼女は静かに首を横に振った。


「そうだよねー」とあたしは肩を落とす。


 こればっかりはいまのあたしの力ではどうにもならない。

 そもそもどれだけの力をつければ、あの闇の力に立ち向かえるのかも分からない。


「他に良い案、ない?」とふたりに尋ねる。


「巨大な竜を召喚するとか」と相変わらずのちーちゃんを「できないから」と一蹴する。


「あ、えーっと……、使っているところを見てもらった方がアピールになるんじゃないかなって……」


 まつりちゃんの言葉に、「それ、いいね!」とあたしは大きな声を出した。

 まつりちゃんはビクッと身体を強張らせているが、あたしはそのヒントを元に必死で頭をフル回転する。


「よし! ファッションショーをやろう!」


 あたしの思い付きに「え、え、えー」とまたまつりちゃんが驚いているが、「三人が衣装を着て、作ったものをアピールすればいいんだ!」とあたしは高らかに宣言した。


「次の文化祭でもファッションショーを予定しているんだし、その予行演習を兼ねて頑張ろう!」


 まつりちゃんは「む、む、無理です~」と言っているがそんなことはないと思う。

 大掛かりなセットや演出はなしで、作ったもののアピール中心ならいけるはずだ。

 ちーちゃんもすぐに「どんな風にするつもり?」と乗り気になってくれた。


「三人いるんだし、可愛い系だとかセクシー系だとか個性を持たせてみるのはどうかな?」と言うと、「そうだね。ジョブごとにイメージに合った衣装が大切だものね」とちーちゃんが賛成してくれた。


 あたしはほっそりとした美少女のちーちゃんと、むっちりしていて胸も豊満なまつりちゃんとを見比べ、まつりちゃんにニッコリと笑い掛けた。


「じゃあ、セクシー系はまつりちゃん、よろしく」


「絶対無理ですー」と泣き叫ぶまつりちゃんだが、彼女ならきっとできる。


 ……確証は何もないけど。


「可愛い系はちーちゃん、よろしく」と言うと、ちーちゃんは頷き、「竜騎士の衣装は任せて」と珍しいことに力強く請け負ってくれた。


「じゃあ、あたしはまつりちゃんの衣装を考えるね」と涙目のまつりちゃんに視線を送る。


 これできっと新入部員がたくさん入ってくれるはずだ。

 あたしはウキウキしながら、3学期最初の部活の時間を過ごした。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。マイペースでゴーイングマイウェイなところがあり、空気を読むのは苦手。


鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。「本当に嫌なら、もっとハッキリ言わないとすーちゃんの耳に届かない。あと、セクシーと言っても学校行事の中だから……」


矢口まつり・・・1年4組。手芸部。朱雀に強引に勧誘され、その後も振り回されている。「言ってますよぉ~」

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