第241話 令和2年1月2日(木)「名探偵」日々木華菜

 毎年1月2日は祖父の家の近くの神社に初詣に行く。

 山の上にあり、歩いても行ける場所だが、正月は着物姿なのでぐるっと大回りすることになっても車で行くのが恒例となっている。

 両親とわたし、妹のヒナ、そして、昨日駆けつけた可恋ちゃんの5人が車に乗り込み、出発しようとした矢先に可恋ちゃんが驚くことを言った。


「今日、いつもの神社に行くのはやめます。お祖父様にも了解を得ています」


 彼女は懐から手紙を取り出し、両親に見せた。

 あとで見せてもらったが、達筆な文字で初詣を延期するようにと書いてあった。

 そして、手紙の最後に祖父の名前が記されていた。


「どういうこと?」と不思議がるヒナに、「まだ犯人が捕まっていないから」と可恋ちゃんは答える。


 昨日、新年会でヒナが襲われる事件が起きた。

 幸い、可恋ちゃんがいてくれたお蔭で大事には至らなかった。

 しかし、わたしが席を外したばかりに起きたことだといまも後悔している。


「でも、それなら最初から中止にできたよね?」とヒナは納得しない顔で尋ねた。


 わたしとヒナは今日も晴れ着を着ている。

 初詣に行かないのならわざわざ準備をする必要がなかったのではないかとわたしも疑問に思った。


「犯人が逮捕されたら行けなくもないからね……」と可恋ちゃんは口にするが、その口振りからそれだけが理由ではないと感じた。


「お祖父様や今日話を聞きに来た警察の方には話しましたが、あくまで私の推測に過ぎないと思って聞いてください」


 可恋ちゃんは姿勢を正し、わたしやヒナだけでなく両親にも向けて話し始めた。


「昨日の事件は変質者による犯行ではなく、計画的な誘拐目的ではないかと考えています」


「え!」とわたしとヒナがほぼ同時に驚きの声を上げた。


「営利誘拐――つまり、身代金目的の誘拐ですね。お祖父様はこの地方で名の知れた資産家ですし、孫娘を溺愛しているという話は昨日乗ったタクシーの運転手も話すほど知られているようです」


 わたしは神奈川の郊外で生まれ育ったが、年に何度も祖父の家があるこの北関東の田舎にやって来る。

 近所づきあいや人と人との関わり方が全然違うというのは肌で感じることだ。

 都会ならすぐ隣りの住人にも無関心だったりするが、田舎はまったく異なる。

 祖父のことはもちろん、年に何回か来るわたしたち家族のことまでこの辺りの人々によく知られている。


「営利誘拐は身代金の受け渡しというリスクが高い工程があるので割に合わない犯罪なのですが、そこに何らかの目処があるのであれば犯人は逮捕されるまでチャレンジする可能性があります」


「目処?」とヒナが訊く。


「例えば……、本当に例えばの話なんですが、現金を用意させて受け渡しに注意が向いているタイミングでこっそりその前に奪う、みたいな」


 可恋ちゃんはまるでテレビドラマのシナリオのようなことを大真面目に語る。


「でも、それって……」とわたしが呟くと、「内部に主導する人間がいる可能性はありますね」とわたしの危惧を可恋ちゃんはあっさりと肯定した。


「昨日お伺いしましたが、お祖父様はさすがに元経営者だけあってお金の管理はしっかりされているようです。横領や詐欺が無理なら誘拐事件を起こしてその隙にということかもしれません。その労力をもっと有効に使えばと思ってしまいますが……」


 昨夜、祖父は夜の宴会を抜け出して1時間以上可恋ちゃんとふたりだけで話をしていたそうだ。

 事件が起きたのは警備の手落ちだと可恋ちゃんが言っていたから、それを話し合ったと思っていたがこんな物騒な話だったとは。


「繰り返しますが、これはあくまで推測です。会場で犯行に及ぶまで3時間も隙をうかがっていたことや、私が攻撃したあと反論せずに逃げ出したこと、計画性が感じられたことなどから推測しただけで明確な証拠はありません」


 可恋ちゃんはそう話すが、すっかりそれが正しいと思ってしまう。

 昨日の新年会は顔見知りなら入れるが、そうでない場合は誰かの紹介か正式な招待状が必要になる。

 セキュリティがしっかりしているという訳ではないが、それでも手引きする人なしに入り込むのは難しいのではないか。


「これからどうするの?」とヒナが尋ねると、「ドライブするなり、どこかで休憩するなりして時間を潰しましょう」と可恋ちゃんはとても軽い感じで言った。


「わたしたちは良いけど、”じいじ”は大丈夫かなあ」とヒナは祖父の心配をしていた。


「大丈夫。お祖父様は数々の修羅場をくぐった方だから」と可恋ちゃんが安心させるようにヒナに微笑んだ。


 わたしたちは人混みを避け、少し離れた道沿いのファミレスに入って時間を潰した。

 ヒナは自分のことより、可恋ちゃんの体調を気遣ったり、わたしの罪悪感を取り除こうとしたりしていた。

 彼女は自分が不安な時ほど他人を構おうとする。


 帰り際に、祖父の家の中で先程の話をしないように可恋ちゃんから口止めされた。

 盗聴の可能性があるからだと言う。

 そういえば、わたしとヒナは家の中の一室でひとりずつ警察から事情を聞かれたが、可恋ちゃんは警察の車両の中で話したと言っていた。

 昨夜の祖父との話も筆談を交えていたらしい。

 本人はミステリマニアだから想像力がたくましいんですと笑うが、リスク管理の徹底ぶりは可恋ちゃんらしいと思わずにいられなかった。


 祖父の家に到着する直前、お父さんと可恋ちゃんのスマホに警察から昨日ヒナを襲った犯人の身柄が確保されたという一報が届いた。

 車内にホッとした空気が流れたが、可恋ちゃんの説が正しければまだ事件は解決していない。


「神社内で発見されたようです。たまたまそこに逃げ込んでいたのか、ひぃなをまだ狙っていたのかは今後の取り調べ待ちですね」


「真犯人はどうするのかしら?」とヒナが可恋ちゃんに尋ねると、「逃げ出すんじゃないかな」と目を細めて答えた。


 帰るとすぐにお父さんと可恋ちゃんが祖父に呼び出された。

 少ししてお父さんが先に戻って来て、昔からこの家で働いていた男性が逃げ出し、警察に取り押さえられたと教えてくれた。

 そんなに話したことはなかったが、優しそうなおじいさんという印象の人だっただけにわたしもヒナも驚いた。


 遅れて戻った可恋ちゃんは難しい顔をしていた。


「一件落着じゃないの?」というヒナの質問に、「裏で絵を描いた人物がいるかもしれないって」と可恋ちゃんは眉間に皺を寄せた。


 意味の通じなかったヒナが頭に疑問符を浮かべると、「計画を立てた人間は別にいるかもしれないってことね。計画は完全に頓挫したと思うからもう大丈夫だけど、その人までたどり着けるかは警察の捜査次第」と可恋ちゃんは説明した。


「”じいじ”は平気そう?」とヒナが祖父の心配を口にする。


「信頼してた人だったみたいで、少し堪えてる感じだね。あとで一緒に行っていいか聞いてみよう」と可恋ちゃんが顎に手をやりながら答えた。


 ヒナが可恋ちゃんにベッタリと寄り添う姿を見ながらわたしは息をつく。

 危機管理は可恋ちゃんの得意分野だとはいえ、昨日今日の活躍は目を見張るものだった。

 彼女と自分を比較しても意味はないが、家族としてヒナを守るためにできることはもう少しあるんじゃないかと思う。

 彼女のような名探偵にはなれなくても、わたしにできることはもっとあるはずだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木華菜・・・高校1年生。「ヒナはとても目立つからいつも警戒はしているんだけど……。わたしの力不足だよね……」


日々木陽稲・・・中学2年生。「わたしのことを好きとか嫌いとかじゃなく、モノを見るような感じだったから営利誘拐って言われて納得したかも」


日野可恋・・・中学2年生。「警察も営利誘拐の線は考えていたようだったから、私が指摘しなくても犯人逮捕に至ったと思うよ。ただお祖父様と打ち合わせしておいたことで、犯人を狙い通りに動かすことができたんじゃないかな」

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