第234話 令和元年12月26日(木)「金田さん」原田朱雀

「あー、もう!」とあたしは大きな声を上げ、髪を掻き乱した。


 苛立ちの原因はハッキリしている。

 クラスメイトの金田さんだ。


 昨日、我が家でクリスマス会をした。

 ちょっとした飾り付けをしたくらいで、集まって楽しむだけの軽い催しだ。

 日々木先輩が来てくれたなら全力で豪華な――と言ってもしょせん中学生のできる範囲でだが――会にしただろう。

 残念ながら断られてしまい、わたしとちーちゃん、まつりちゃん、みっちゃん、そして、金田さんの5人によるささやかなものとなった。


 金田さんを誘うかどうかは最後の最後まで迷った。

 家出騒動のあと、次の週から彼女は普通に学校に来ていた。

 インフルエンザで欠席する生徒もいるので、クラスメイトは誰も彼女のことを気にしていなかった。

 彼女も相変わらずで、クラスでは孤立していて、たまにあたしと話す程度だ。


 学級委員でもないあたしが彼女に気を使う必要はないと言えばない。

 以前のような、はっきりと分かるいじめも起きていないのだから、放っておいても問題はないだろう。

 それでも、例の”怖い先輩”に言われたことが胸にずしりと重しとなって残っている。


「いじめは見て見ぬ振りをしている子も同罪だ」という言葉。


「愚痴を零していても何も変わらない」という言葉。


 1年3組から目に見えるいじめが消えたのは大人たちの力ではなく、あの先輩が動いてくれたからだ。

 いまも問題が多いクラスだけど、少しずつでも居心地を良くするためにあたしが出来ることはやりたいと思っている。


 日々木先輩も家出問題が解決したあとに、「ひとりで抱え込まなくていいからね」と言ってくれたが、同時に「心地よい環境は誰かが与えてくれるものじゃなくて、そこにいるみんなが頑張って作り上げ、保ち続けるものだと思うの」とも言っていた。

 何もせずにただ不平不満を口にするだけでは、日々木先輩の前に立つことなど恥ずかしくてできない。


 そんな思いから、終業式の日にあたしは金田さんに声を掛けた。

 断ってくれないかなという期待があったのは確かだが、彼女は嬉しそうに「行ってあげる」と答えた。


 あたしは前日のうちからまつりちゃんとみっちゃんに荒れるかもしれないと謝っておいたが、予想通りの結果となった。

 あたしやちーちゃんが作ったクリスマスの飾りやその他の手芸の品々を馬鹿にした発言には大目に見ていられたが、面と向かってみっちゃんへの悪口とも取れる言葉にあたしが切れて金田さんを追い出してしまったのだ。


 ちーちゃんの「あれは追い出しても仕方ないよ」という意見にホッとする一方で、みっちゃんが「わたしが原因でこんなことに……」と落ち込んでいる姿を見て反省した。

 そして、一夜明け、いまもあたしはどうするのが正解だったのか分からずに悩んでいた。


 誘わなければ良かったのか。

 怒らなければ良かったのか。

 追い出さなければ良かったのか。


「どうすれば良かったんだろうね」とあたしが呟くと、部屋に遊びに来ていたちーちゃんは「正解ってあるのかな?」と口にした。


「ないの?」と尋ねると、「それはきっと神様だけが知っているんじゃないかな」と普段の口調に戻った。


 あたしは心当たりがある唯一の神様に教えを請うことにした。

 いきなり電話するのは失礼だと思い、メッセージを書き始める。

 しかし、文章がなかなかまとまらない。

 言い訳や思い、建前や本音、現実と希望が入り交じり、ぐちゃぐちゃな内容になってしまう。

 ちーちゃんに読んでもらっても、「これは死海文書か何か?」だとか「新しい竹内文書だね」だとか意味不明の回答しか返ってこなかった。


「紙に書いてまとめた方がいいかもしれない」というちーちゃんらしからぬまともなアドバイスを受け、あたしはそれを実行してみた。


 苦心惨憺して書き上げた文章をちーちゃんに添削してもらう。

 言い訳めいた部分はばっさりカットされ、詳しい状況説明を付け加えて、なんとか完成した。

 それをメールにして送る。

 予想以上に時間が掛かり、貴重な冬休みの空き時間を無駄にした気分になった。


 とはいえ、書いたことでスッキリした気持ちになり、問題点を整理できたようにも感じた。

 何が正解だったのかは分からないし、これからどうすればいいのかも見えてこないが、さっきまでのモヤモヤした胸に渦巻くものはかなり軽減された。

 少なくともイライラし過ぎて手芸作りすら手に付かないという状況からは解放された。

 あたしは最近ハマっているアフガン編みに気持ちを集中する。


「すーちゃん」と肩を揺すられた。


 ちーちゃんを見ると、彼女は顎でテーブルの上のあたしのスマホを指し示す。

 見ると、メールの着信があった。


 あたしは深呼吸を繰り返してから、日々木先輩から届いたメールを読んだ。

 そこにはあたしを励ます言葉が並んでいた。

 頑張っている、よくやっていると。

 更に、あたしの判断に対しても『正しいか間違っているかではなく、しっかり考えて行動しているので、わたしは原田さんを応援します』と書かれていた。

 いままでやってきたことが認められたようで、あたしは胸が熱くなる。


 今後のことについてはこうあった。


『可恋が言うには、ひとりの力で彼女を変えることは無理だそうです。ご家族や教師など、大人の人たちとの連携が必要だろうと言っていました』


『それに、時間も掛かるだろうと話しています。ですから、原田さんが余力のある時に少しずつでも継続して関わっていくのが良いんじゃないかと。わたしも同じ意見です』


 あたしが目を通したあと、ちーちゃんにも読んでもらう。


「どう思う?」と尋ねると、「パーティリーダーに従うよ」といつもと同じような言葉が返ってきた。


 でも、「みんなも同じ気持ちじゃないかな」とちーちゃんは付け加える。


 あたしは腕を組んで考える。

 金田さんと関わっていこうとするなら長丁場となることは覚悟しないといけない。

 4月にはクラス替えがあり、2年生でも同じクラスになるかどうかは分からない。

 正直な話、これ以上関わってもあたしにメリットがあると思えなかった。

 3学期を適当に距離を置いてやり過ごしたとしても誰もあたしを責めはしないだろう。


 それでいいと思えるかどうかは、あたし自身の問題だ。


 あたしは別に良い子ではないし、優等生でもない。

 手芸が好きなただの女子だと思っている。

 他人より少し行動力はあるが、それは好きなもののためだけだ。

 友だちは大切だけど、金田さんはクラスメイトに過ぎない……。


 そう自分に言い聞かせるあたしの頭に浮かぶのは日々木先輩の慈愛に満ちた表情だった。

 憧れなんて言うのも恐れ多い。

 正真正銘の女神様で、崇拝の対象だ。

 あたしは女神様の前に立つにふさわしい人間でありたかった。


「みっちゃんとよく話し合ってみよう」


 あたしは自分が暴走しがちであることを自覚している。

 ちーちゃんやまつりちゃんは全面的に賛同してくれるからブレーキ役になってくれない。

 金田さんと関わろうとすればみっちゃんにも影響は及ぶし、何より彼女は同じクラスメイトだ。

 ちーちゃんの「それがいいね」の声に後押しされて、あたしはみっちゃんに電話を掛けた。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。彼女のクラスは問題のある生徒が多く、担任にはそれをまとめる力量がない。その皺寄せが彼女に……。


鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。普段は厨二病的発言が多いが、今日はさすがに控えめ。


金田歩美・・・1年3組。誰彼構わず食ってかかり、以前はいじめの対象になっていた。


山口光月みつき・・・1年3組。美術部。おとなしいせいで、いじめの対象になっていた。現在は朱雀のグループにいる。


矢口まつり・・・1年4組。手芸部。「わたし、賛同なんかしていません!」と嘆く少女。


日々木陽稲・・・2年1組。朱雀たちから慈悲深き光の女神様扱いされている美少女。


日野可恋・・・2年1組。1年生から”怖い先輩”の通り名で呼ばれている。この学校の裏番という噂もあながち……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る