第231話 令和元年12月23日(月)「イベントのあと」辻あかり
イベント翌日である今日のダンス部の活動はミーティングだけだった。
昨日はいままでの人生では味わったことがないような興奮を感じた。
仲間とやり遂げる喜びや練習した成果が発揮された嬉しさ、そして、何よりダンスの楽しさを身をもって知った。
これまで部長やひかり先輩の素敵なダンスを見て憧れる気持ちはあったけど、自分のダンスを見てもらうドキドキやワクワク感がこれほどとは思っていなかった。
あたしは半年ほどソフトテニス部に在籍し、公式戦にも出場させてもらった。
それも良い思い出にはなっているが、昨日のイベントはそれとはまったく違う感動があった。
言葉では言い表せない感情が渦巻き、終わったあとはハイテンションで「ヤバい! ヤバい!」と連発していた。
それはあたしだけじゃなく、他の1年生たちも似たような感じだった。
いまならどんな練習でも前向きに取り組めそうだったのに、冬休み中のダンス部の練習日は少なく、その上、副部長は「無理して来なくてもいいからね」なんて言っている。
笠井部長も「自主練は意識を持ってしっかり取り組むように」と話すが、「勉強や宿題、家の手伝いなんかも集中して行い、規則正しい生活を心がけるように」なんて先生みたいなことを強調していた。
本格的な始動は三学期に入ってからという話でミーティングが終了し、あたしは自主練の相談がしたくてほのかに声を掛けた。
「ほのか、自主練、どうする?」
ほのかはあたしをチラッと見ただけで、「帰る」と言ってさっさと歩き出す。
「待ってよ」と慌てて追い掛け、横に並ぶ。
「あー、まだ昨日の失敗のこと、考えているの?」
そういえば、彼女は昨日のイベント終了後から少し塞ぎ込んでいた。
あのあと、学校に戻り、打ち上げみたいな感じでみんなでお昼ご飯を食べた。
そういう時は1年と2年で分かれる形になり、輪に加わるのが苦手なほのかや藤谷さんはいつの間にか帰っていた。
あたしは浮かれていて、ふたりを気遣う余裕がなかった。
「……別に」とほのかは口にするが、どう見ても図星だろう。
「そんなに気にするほどの失敗じゃないでしょ」と昨日も言った慰めの言葉にほのかは耳を貸そうとしない。
ほのかはBチームのダンスで振り付けをミスした。
1ヶ所だけだし、それほど目立つものではなかった。
おそらく観客のほとんどは気付かなかったと思う。
同じBチームのメンバーだって、自分のダンスに精一杯で気付いたのは少数だろう。
「……」
ほのかは何か言いたそうに口を開いたが、何も言わずに閉じる。
あたしはほのかの手を取り、人気のない校庭の隅に連れて行った。
「言ってくれなきゃ、分からないから」と彼女の手を握ったまま伝える。
「あたしじゃ力になれないかもしれないけど、先輩たちだったらほのかの力になれるでしょ」と更に言葉を続ける。
それでも言い淀んでいたほのかは、空いたもう一方の手で眼鏡を押し上げながら呟いた。
「……本番に弱いのかも」
「……一ヶ所ミスしただけだよね?」とあたしは確認する。
彼女が頷くのを見て、「あー、もう!」と大きな声を出してしまった。
「あたしだって小さなミスはいくつかしたし、他の子も結構していたよ。Aチームのメンバーだってあたしが気付くようなミスがあったし」
あたしがそう言っても、ほのかの曇った表情は変わらない。
「ソフトテニス部をやっていた時に顧問の先生から言われたことでひとつだけ印象に残っているのが、『ミスは必ず起きる。だから、引きずるな』って言葉なの。テニスなんてミスショットばかりだから、気持ちを切り替えないとやっていけないの」
テニスでもダンスでも初心者だったあたしは、ミスするたびにめげていては続けられなかっただろう。
しかし、完璧にできて当たり前って感じのほのかには響かなかったようだ。
彼女が目指しているのは部長やひかり先輩で、あのふたりは確かに完璧に踊っていた。
「分かった。聞きに行こう」と彼女の手を引いて再び歩き出す。
部室の方へ行くと、向こうからひかり先輩と三島先輩がやって来た。
ちょうど良いタイミングだ。
ひかり先輩は現在Aチームの指導をしているので、ほとんど話したことがなかった。
でも、部内で実力ナンバーワンと認められている存在だから話を聞いてみたいと思っていた。
挨拶をしたあと、「少し相談があるのですがいいでしょうか?」と尋ねる。
三島先輩は困った顔をしたが、ひかり先輩が首を傾げたので思い切って打ち明けてみた。
「ほのかが昨日のイベントでミスしたことを悔やんでいるので、本番で失敗しないコツがあれば教えて欲しいのですが」
ひかり先輩はあたしとほのかを見たあと、「楽しむことかな」と言ってニコリと笑った。
そして、「頑張ってね」と手を振り、三島先輩と帰っていく。
あたしが「ありがとうございます」と頭を下げると、ほのかも小さな声で「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
正直、もっと具体的な答えを期待していたので、あたしとしては物足りないものだった。
やっぱり部長に聞こうと思っていたら、ほのかが顔を上げ真剣な眼差しであたしを見ている。
「どうしたの?」
「あかり、ありがとう!」
彼女の手を握っていたあたしの手を両手で包み込み、自分の胸元に押しつけて感極まったようにほのかは感謝の言葉を口にした。
「え、あ、うん」と戸惑うあたしに、「私、頑張る。頑張って、ひかり先輩のようになる」と決意を語る。
そっか、ほのかは隠れひかり先輩派なんだ……とどこか冷めてほのかの様子を眺めている自分がいた。
とはいえ、落ち込んでいた姿が嘘のようにほのかはやる気に満ち溢れている。
あたしは笑顔を浮かべ、「頑張れ」と声を掛けた。
††††† 登場人物紹介 †††††
辻あかり・・・中学1年生。ダンス部。1年のまとめ役的な立場。ソフトテニス部から追い掛けてくるほどのバリバリの部長派。
秋田ほのか・・・中学1年生。ダンス部。1年でトップの実力の持ち主。それを誇りに思う一方、他の部員を見下しがち。
藤谷沙羅・・・中学1年生。ダンス部。1年で唯一Aチームメンバーに入っている。トラブルメーカーと見なされ1年生部員の間では孤立している。
笠井優奈・・・中学2年生。ダンス部部長。ギャルっぽい外見だが意外と熱血派。リーダーシップもあり、多芸を誇る。
須賀彩花・・・中学2年生。ダンス部副部長。自他共に認める”普通”の少女だが、最近は周囲への気遣いができると評判。
渡瀬ひかり・・・中学2年生。ダンス部。アイドル顔負けの容姿にずば抜けた歌唱力とダンスセンスを持ち合わせたダンス部のエース。
三島泊里・・・中学2年生。ダンス部。ひかりを追い掛けてダンス部に入部した。
* * *
帰ろうかと思っていると、部長や副部長たちが向こうから歩いて来た。
挨拶すると、副部長に「どうかしたの?」と質問された。
あたしは解決したことも含めて部長たちにほのかのことを説明した。
「もしかして、日野が真ん前で見ていたからミスったんじゃないか」と部長が笑う。
あの先輩の視線が気になっていたのは事実なので否定せずにいたら、ほのかも同じなのか困ったように眉をひそめた。
「マジか」と部長は愉快そうだが、1年生部員の多くはプレッシャーを感じていたと思う。
「対策は考える」と部長に言ってもらい、完全に一件落着した。
あたしはほのかと冬休みの自主練について熱く語り合いながら家路についた。
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