第213話 令和元年12月5日(木)「相談」須賀彩花
ここしばらく平穏な日々が続いている。
今日はダンス部の活動日ではないが、衣装の見本が届いたと聞いて部室に行った。
今月下旬に近くのショッピングモールでダンス部のイベントを行う。
クリスマスシーズン真っ只中ということで、ダンス部のユニフォームだけでなく、サンタのコスプレ衣装も用意することになった。
「どうよ、これ」と可愛らしいサンタ姿の優奈が苦笑する。
「ヤバくね?」と同じ格好の早也佳が優奈に笑い掛けた。
上着は白い縁取りにお馴染みの赤のド派手なものだが、温かそうだ。
一方、下は同じ色合いのショートパンツで動きやすそうではあるが、ユニより足が出てしまうので自分で着るのはかなり抵抗がある。
優奈は足が細いしスタイルが良いのでよく似合っている。
早也佳は足がムチムチしていて、ちょっとセクシーだ。
「動きやすさはどう?」とわたしが尋ねると、ふたりは軽く身体を動かした。
「下にユニ着てるし、はだけても平気だけど、丈はもう少し長い方がいいんじゃない?」と部長らしく真面目に意見を出す優奈に対し、最近2年のまとめ役としてわたしたちと行動することが増えた早也佳は上半身を激しく動かし「どう? どう?」と聞いてくる。
「彩花も着てみなよ」と優奈に言われ、わたしは顔を赤らめた。
「みんなの前で着るのに、こんなところで照れてどうすんの?」と優奈が笑う。
「大丈夫。彩花なら似合う」と綾乃は言ってくれるが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ひん剥いちゃおうか?」と早也佳に言われ、わたしは諦めて着ることにした。
「絶対に笑わないでよ」と念を押してから奥で着替える。
早也佳や綾乃は「似合ってる」と言ってくれたが、優奈は「馬子にも衣装ってこういうのだっけ?」と笑っていた。
ダンス部は1年を中心にゴタゴタがあったが、いまはとりあえずイベントに向けてまとまっている。
藤谷さんと秋田さんは他の1年生たちとの関係がぎこちないままだが、ふたりはダンスに対しては真面目なので2年生がサポートすることでなんとか孤立しないで済んでいる。
やっぱり近くに明確な目標があるというのが大きい。
創部間もないこのダンス部にとっての初めてのお披露目ということでみんな気合が入っている。
このイベントを提案してくれた日野さんには本当に感謝している。
その日野さんにわたしは相談したいことがあった。
しばらく前から考えていたことだが、最近日野さんが休むことが多く、話す機会がなかった。
今日、日々木さんがやけにウキウキしていたから理由を尋ねると、日野さんのインフルエンザが治ったと教えてくれた。
それなら電話してもいいかなと思って、塾から帰って連絡を取ってみた。
「こんばんは。珍しいね」といつもの日野さんの声が聞こえた。
「こんばんは。実は……相談したいことがあって……」
「いいよ。何?」
こういう余計なことを言わずすぐに本題に入るところに頼もしさを感じる。
わたしは思い悩んでいたことを話し始めた。
簡単に言えば、わたしがAチームについて行くのが厳しくなってきたという問題だ。
もともと優奈やひかりと比べると実力は格段に下だった。
創部直後のAチームの中では真ん中くらいの位置にいたと思うけど、このところAチームはひかりたちの指導の下で非常に充実した練習を行っている。
わたしはBチームの練習を見ることが多く、Aチームの練習に加われないことが多い。
自主練はしているものの、それだけでは追いつけなくなってきた。
このままだとAチームから落ちてしまうかもしれないが、Bチームの手助けも続けたかった。
「もっと練習の時間があればいいんだけど、塾にも通い始めたし、これ以上は難しいかなって……」
静かにわたしの話を聞いていた日野さんは、落ち着いた声で「ダンスをうまくなりたいという気持ちはあるんだね?」と確認した。
わたしが肯定すると、「だったらAチームでの練習を優先した方がいいね」とキッパリ断言した。
「笠井さんにも言ったけど、ひとりが負担を抱え込みすぎないこと。Bチームの指導はAチームのメンバーふたり一組で持ち回りにすればいい。そろそろAチームには部を支えるという自覚が欲しいよね」
更に日野さんは言葉を続ける。
「須賀さんは自分の練習時間は自分のことに専念し、それ以外の時間でBチームの面倒を見ればいい。もう信頼関係はできてるでしょ?」
自分がぐだぐだと悩んでいたことがとても単純なことのように思えてしまう。
「誰かが頑張っていたら手伝う。自分が頑張っている時は手伝ってもらう。それだけ意識してたらいい」
何かとても大切なことを教わった気分だった。
わたしは手近にあった紙にメモしておく。
「日野さんには助けてもらってばかりなのに、わたしが手伝うことってないの?」
「運動会の実行委員を引き受けてもらった時のように、必要があれば頼るから心配しなくていいよ」
事もなげに日野さんは話す。
「どうして、わたしばかり助けてくれるの?」と普段気にしていたことも聞いてみた。
「須賀さんだけを殊更助けてるつもりはないよ」
「そうなの?」
「私は誰に対してもオープンなつもりだけど、他人の――特に同級生の意見に耳を貸したくない人もいるだろうしね。その点、須賀さんは謙虚さがあるから上手くいったんじゃないかな」
……謙虚さか。
自分に自信がないだけだと思っていた。
いまもそれはそんなに変わっていないと思う。
わたしの周囲には日野さんを始め、美咲や優奈など凄い人がいっぱいいる。
何が凄いって、こんなわたしに対しても対等に接してくれることだ。
だから、わたしはクラスメイトでもそんな人たちを尊敬している。
わたしもそんな風になりたいから。
††††† 登場人物紹介 †††††
須賀彩花・・・2年1組。ダンス部副部長。サンタコスは絶対無理だと言ったのにノリの良い部員たちに押し切られた。
笠井優奈・・・2年1組。ダンス部部長。どうせやるなら目立ってナンボという考えだが、やるからには良い衣装をと思っている。
田辺綾乃・・・2年1組。ダンス部マネージャー。本番ではトナカイの着ぐるみを装着予定。
山本早也佳・・・2年4組。ダンス部部員。Aチームの主力のひとりで、面倒見もいい。
日野可恋・・・2年1組。クラスの女子全員に懇切丁寧に筋トレを教えたのに食い付いてきたのは須賀さんだけだったという背景がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます