第181話 令和元年11月3日(日)「ホームパーティ」日野可恋
今日はホームパーティだ。
松田さんのご両親に紹介していただいた超一流の出張料理人に来てもらった。
招待したのは、日々木家、フランクリン家のご家族と私が通う道場の師範代である。
ホストが私と母だけでは手が足りないので、これも松田さんのご両親から給仕の出張サービスを教えてもらい、英語に堪能な女性三人に来てもらった。
カジュアルなパーティでいいと思っていたのだが、いちばん張り切ったのは当然ひぃなで、厳格なドレスコードを決めてしまった。
キャシーならTシャツに短パンで来てもおかしくないので、私は笑ってそれを許した。
私はひぃなのお祖父様にいただいた深い赤のドレスを身に纏った。
高額なドレスをもらうことに私は恐縮したが、お祖父様の自宅で起きたトラブルのお詫びとお礼を兼ねてのものであり、今後もひぃなを守って欲しいと言われたので受け取った。
胸元には誕生石でもあるダイヤのネックレス。
ひぃなは他にもいろいろと飾り立てるように言ったが、シンプルを好む私は薄化粧にマニキュア・ペディキュアで十分と断った。
そのひぃなは私とお揃いのドレスを着ている。
髪を複雑に結い上げ、その赤毛を白のレース編みが際立たせている。
ゴージャスなネックレスにイヤーカフを付け、マニキュアも赤を基調にきらびやかなラメで飾られている。
小柄なので背伸びした感は残るが、こうした衣装に
昨日から泊まっているひぃなの美容院行きに朝から付き合ったあと、ひぃなは当然の顔でうちに来て着替え、ホスト側の一員のような態度を取っている。
リビングダイニングやキッチンは昨日業者にピカピカに磨き上げてもらった。
今日のためにテーブルも新調し、普段はまったく飾り気がないので、花や絵画で少し華やかさを演出した。
昨日は家の中がバタバタしていて、そのあおりでダンス部の話し合いをファミレスですることになってしまった。
ホスト側と言っても招待客が来るまではやることがない。
母は準備を終えると自分の部屋に引き籠もって仕事をしているようだし、私はリビングのソファに座っておとなしく読書をしていた。
ひとり、ひぃなだけがそわそわと落ち着きがない。
「可恋って心臓に毛が生えているよね。それも毛むくじゃらなくらい」
「それは見てみたいわね」とおざなりに返事をするとひぃなは頬を膨らませた。
「本番のために落ち着いて力を蓄えておくことも立派な準備よ」と私は本から視線を離し、優しく諭す。
「……それはそうだけど、それでも落ち着かなくなるのが普通の人間なのよ」
「ひぃなは普通じゃないから大丈夫よ」と私が微笑みかけると、「それじゃあ、わたしが変人みたいじゃない」とひぃなは拗ねてみせた。
「特別。スペシャル。オンリーワン。どれがいい?」と私が笑って問う。
「でも、自分が特別な人間だなんて思うのは偉そうじゃない?」と少し心配そうにひぃなは言った。
「思うことと態度に示すことは別だし、明らかに特別なのに普通と言い張るのもどうかと思うよ」
私がそう言うと、ひぃなはは真面目に考え込んだ。
その様子を微笑ましく見守っていると、来客を告げるインターホンが鳴った。
最初に到着したのはひぃなのご家族だった。
ひぃなの父親は何度もひぃなの送り迎えに来てもらっていたのに、上がってもらうのは初めてだ。
これまでは女性しかいない家に上がるのは、と断られていた。
時間に融通が利くお仕事をなさっているので、何かと頼ることが多い。
とても家庭的で繊細な方で、ひぃなの優しさはそれを受け継いでいるのだろう。
今日はバシッとタキシードを着込んでいた。
ひぃなの母親は今日は有給休暇を取っての参加だと聞いている。
長くデパートのフロアに立っていた方で、対人スキルが非常に優れ、聡明で洞察力がある。
パーティドレスを着ても堂々とされていて、さすがひぃなの母親だと思ってしまう。
ひぃなの姉の華菜さんも今日は美しいドレス姿だった。
私の前では少し気恥ずかしそうにしていたが、「よくお似合いですね」と声を掛けると嬉しそうに微笑んでくれた。
うちには何度も来てくれている。
ひぃなの送り迎えだけでなく、食事を作ってもらうことも多い。
料理好きの華菜さんに楽しんでもらいたいというのが今日の最大の目的だった。
「今日の料理は楽しみにしてください」と私が言うと、すぐに華菜さんは視線をオープンキッチンに向けた。
そこでは女性の料理人が調理をしている。
朝からずっと慌ただしく働いていて、給仕への指示以外は黙々と手を動かしていた。
華菜さんはその様子をキラキラした目で見ていた。
「まだ他の招待客が来ていないので、それまで近くでご覧になったらいかがですか」と言うと、華菜さんは「ありがとう、可恋ちゃん」と感謝の言葉を述べながらすっとキッチンへ近付いて行った。
ひぃなの両親も料理好きなので、私の母との挨拶を済ませると、華菜さんの側に行き料理人の手際を興味深そうに眺めていた。
次いで、三谷先生が到着した。
私が通う空手道場の師範代で、キャシーをホームステイさせていた人物でもある。
彼女は母と同世代だが独身で子どももいない。
いつだか、「結婚しないのですか?」と女性の練習生に質問されていたのを聞いたことがある。
その時は、「アメリカにいた時はモテたのに、日本だと強い女は敬遠されるのよ」と笑っていた。
実際はいまもモテる。
少なくとも空手界では彼女のために骨を折るのを惜しまない男性は多い。
師範代はそれをこれ幸いと利用しているだけだが……。
師範代は普段着姿でやって来て、客間を貸して欲しいと頼んだ。
ひぃなが嬉しそうに着付けの手伝いに行き、私は相変わらずマイペースな人だと嘆息する。
師範代の着替えが終わった頃にキャシーのご家族が到着した。
私は一度だけお会いしたことがあった。
家族全員が180 cmを越える大柄な家族だ。
しかし、キャシー以外は温厚で知的な印象を受ける。
お話ししてもそれがよく伝わってきた。
父親はビジネスマンだが、むしろ研究者じゃないかと思うほど知性を瞳にたたえている。
お話を伺うとアメリカの超難関大学でアカデミックな世界に進もうとしていたらしい。
紆余曲折があってビジネスの世界に飛び込んだが、知的なバックボーンが高く評価されたと仰っていた。
タキシード姿のキャシーの父親にエスコートされた母親は有名なブロガーだそうだ。
元はカメラマンで、ウェブで写真を紹介するうちに人気ブロガーになったと教えてくれた。
オープンな態度の人だが、その目は野心的で貪欲な印象を受けた。
今日もカメラを持参していて、パーティの様子を撮影しブログに掲載したいと言った。
顔を完全に隠すことや投稿する前に私がチェックすることを条件にそれを許可した。
キャシーの姉のリサはもうすぐ17歳で日本の私立高校に通っている。
前回お話しをした時には、アメリカの大学に進学予定なのでそれまでに日本について学びたいと真剣に語っていた。
今日の挨拶でもカタコトの日本語を交え、頑なに日本語を覚えようとしない妹とは対照的だ。
スレンダーな体躯にパープルのドレスがよく似合いとても大人びて見えた。
本当になぜこの家族からキャシーが生まれたのか謎だ。
そのキャシーは着いた早々『このドレスを脱いでもいいか?』と言い出した。
私が『残念ね。美味しいものをたくさん用意したのに食べたくないだなんて』と答えると『こんな格好だと美味しく味わえない』とぼやいていた。
エメラルドグリーンの鮮やかなドレスは彼女によく似合っている。
動きや所作が子どもじみているので、黙って動かなければという条件付きだが。
全員が揃ったのでしばらく挨拶や会話を交わす。
キャシーの父親はある程度の日本語を話せるし、キャシー以外はひぃなの家族に配慮して平易な英語を使ってくれる。
キャシーは相変わらずスラングだらけの英語を早口でまくし立てるだけだ。
キャシーの母親に私の英語を褒められ、『キャシーのお蔭で、勉強する機会を得ることができました』と話すと、なぜかキャシーが自慢げになり、姉のリサから溜息をつかれていた。
会話が一段落したところでいよいよディナーだ。
食器なども足りなかったのでレンタルしようと考えていたが、「これからも友だちを呼ぶでしょ」と母に言われて新調した。
食器の知識はひぃなが詳しく、意外に感じたが、映画美術で得たものだそうだ。
ファッションはただ服装だけではないと常日頃から語るひぃなを見くびっていたかもしれない。
彼女のセンスに任せて、12人分用意した。
本当はもうひとり、桜庭さんを呼びたかったのだが、彼女はいまも海外にいる。
料理は多国籍なもので、それを和の雰囲気で盛り付けている。
料理をする私でも初めて目にするものが多かった。
一品ずつ料理人の黒松さんが日本語と英語で説明してくれる。
量が少ないと嘆くキャシーを除いて、みんなが感動に打ち震えるほどの料理だった。
普段あまり食事に関心がなく、私にリクエストすることもない母が「これ、可恋は作れないの?」と聞くほどだ。
もっとも感激していたのはやはり華菜さんで、「将来黒松さんのようになるにはどうしたらいいですか?」と熱心に尋ねていた。
「可恋は何を考えているの?」とひぃなに聞かれ、「どれくらい稼いだら黒松さんを専属料理人にできるかなって」と答えるほど、私もこの美味を堪能した。
メインの肉料理は様々な種類の肉を食べ比べる趣向で、ジビエなど少しクセのある肉も混じっていて楽しめた。
日本人の招待客は一皿目だけで満腹となったが、キャシーの家族は二皿目までペロリと平らげていた。
キャシーはそれでも足りずに三皿目に手を出し、それも食べ切る健啖振りを見せつけた。
私はその隙に気に入った料理で余った分があればと言って出してもらった。
今回は松田さんの紹介ということでかなり早く依頼を受けてもらったが、本当なら1年先まで予約で一杯らしい。
次にいつありつけるか分からない以上、さもしいと思いつつも食べられるだけ食べておきたかった。
私は他の人より死のリスクが高く、大病のリスクはもっと高い。
後悔しないためにも自己主張は大切だ。
お腹いっぱいと言いつつ、デザートになるとみんなが目を輝かせた。
甘いものは別腹という気持ちは私にもよく分かる。
グリーンティに和菓子風のデザートが数点ずつ皿に載って運ばれてくる。
口に入れてみないと何か分からないという趣向で、上品な味わいでありながらどれもが手が込んでいて複雑なおいしさを醸し出していた。
「こんなに美味しい栗を食べたのは初めてです」
中でも出色だと感じたのが旬の栗を使った菓子だった。
丸々一個の栗のように見えて、幾層にも重なるような不思議な味だ。
私だけでなく華菜さんや他の人たちも絶賛したが、黒松さんは「これは私のオリジナルで、製法は秘伝中の秘伝なんです」と微笑みを浮かべた。
おそらく相当の試行錯誤と手間暇が掛けられているだろう。
1個1万円でも惜しくないと思わせる贅沢品だ。
これだけのものを食べてしまうと、今後栗のお菓子が食べられなくなってしまうのではないか。
『もしも、またこのメンバーでこのデザートを食べる機会が来たら、山ほどのモンブランを用意してキャシーにこれと交換してもらうわ』
キャシー以外の面々は私の言葉に同意したが、キャシーは『山ほどのケーキをくれるのか?」となぜか喜んでいた。
††††† 登場人物紹介 †††††
日野可恋・・・中学2年生。英語の勉強はいまも熱心に続けている。
日々木陽稲・・・中学2年生。お泊まりの時に可恋から英語のレッスンを受けている。
キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。頭が悪いというより、英語の理解力に問題がある。
日々木華菜・・・高校1年生。料理が好きでそれに関しては飽くなき研究心を発揮している。一方、英語は……。(本人談:頑張ってはいるんだよ!)
リサ・フランクリン・・・高校2年生。日本の私立高校に編入した。
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