第175話 令和元年10月28日(月)「あたしの文化祭」高木すみれ

 今日は文化祭の代休だったが学校へ行った。

 美術部の顧問の先生から文化祭に展示した油彩作品を、学生を対象とした美術展に応募しないかと持ちかけられた。


 クラスのファッションショーの宣伝用ポスターは校内のあちこちに貼り出され注目を浴びた。

 何人かの生徒からは直接欲しいと言われたほどだ。

 美術部の展示も好評で、主に先生や保護者といった大人の人たちが足を止めて見てくれた。

 どちらも日々木さんと日野さんを描いていて、自分の中では渾身の出来映えだった。


 しかし、顧問の先生の評価は厳しかった。


「高木は中学生としては技術はあるし、取り組みは熱心だ。テーマ、モチーフ、構図などどれもよく考えている。一方で、どうすれば受けるのかをよく理解していて、それに流されている。それが一概に悪いとは言わない。だが、作品からそれが透けて見えるようでは芸術的評価は期待できないだろう」


 あたしは子どもの頃から絵を描くのが好きで、いつしか絵描きになりたいと思うようになった。

 両親や叔母の黎さんの後押しがあって、中学生になったいまもその夢を諦めないでいる。

 それはとても恵まれたことだと思う。


 あたしは絵を描くことが死ぬほど好きだけど、特に伝えたいこと、表現したいことというのはなかった。

 中学生になって美術部に入り、顧問の先生から指導を受ける中でそれに気付かされた。


 マンガを描く時も同じだ。

 黎さんの同人誌を手伝っているがすべて作画のみで、自分で何かを描きたいと思うことはなかった。

 しいてあるとすれば受けるようなものが描きたいと思うくらいだ。

 黎さんはそういうものは成長すればきっと見つかるから、いまは技術を磨くことに専念すればと言ってくれた。


 中学2年生になって日々木さんと日野さんと知り合い、このふたりを描きたいと思った。

 でも、そこにはこのふたりを描けば注目されるだろうという打算があったことも事実だ。

 ポスターならそれでもいいが、芸術作品だとそれは許されないことなのだろう。


 顧問の先生には技術の高さを評価してもらい、今後美術科高校に進学する時の箔付けになるからと応募を勧められた。

 あたしはその言葉に従うことにした。

 そして、先生が去った美術室で、自分の描いた絵に向き合った。


 作品はブラウス姿だが、最初にスケッチをした時は一糸まとわぬ姿だった。

 日々木さんと日野さんの美しさを純粋に絵に残したいと思った。

 その想いは本物だ。

 だが、実際に描こうとすれば、どうしたら効果的に見せられるかといった雑念が入ってくる。

 それが全部ダメな訳じゃない。

 絵画は描き手を通しているからこそ絵画として成り立つのだから。


 絵と向き合うと自分の雑念が見えてくる。

 自分を上手く見せようとした部分。

 受けを狙った部分。

 手を抜いた部分。


 そして、あたしがこの絵を通して伝えたかったこととは何か。

 そこには自分の欲望が渦巻いているように見えて、直視するのも辛かった。


 あたしは気分転換に窓を開けてグラウンドを見た。

 秋晴れの空。

 心地よい空気。

 それらが、あたしのもやもやした感情を忘れさせてくれるようだった。


 あたしは暖かい日差しに誘われ、忘れられない三日間のことを振り返った。


 金曜日はファッションショーのことに尽きる。

 あたしが関わったことなんて全体のほんの数十分の一だと思うのに、みんなでやり遂げた充実感は信じられないほど大きかった。

 過去にも学校行事や同人誌制作などみんなで何かをやったことはある。

 今回はそれとは全然違った。

 落としそうな同人誌をあたしが作画を頑張ってなんとか間に合わせたといった出来事とは本質的に違う気がした。

 日野さんから割り振られた仕事をこなしているだけのつもりだったのに、こんなに自分たちで作り上げたという感覚になるとは思ってもみなかった。

 だから、あたしにできることがあるなら何でもやろうという気になれたし、結愛さんや楓さんも同じ気持ちだったからあたしに協力してくれたんだろう。


 土曜日は家族と黎さんが見学に来た。

 自分のモデル姿を見られることは恥ずかしかったが、二日目だったせいかみんな自信を持ってウォーキングしていたし、それにつられてあたしも堂々と歩けたと思う。

 美術部の展示も見てもらい、絶賛された。

 ちょっとくすぐったい気持ちだったけど、やっぱり嬉しいものだ。

 夜は家族と黎さんと食事に行き、あたしはいつもより饒舌に文化祭の思い出を語った。

 思い返せば、酔っ払っているようなハイテンションでいろいろと言い過ぎたような気がするが、冷たい目で見る弟以外は触れずにいてくれたので悶え死にせずに済んでいる。


 昨日はご褒美デートで結愛さんと楓さんと三人で横浜に行った。

 意外なことに、ふたりはデートの相手としてあたしを指名した。

 ただ1対1では間が持たないということで、日々木さんに相談して三人でのデートという形になった。

 あたしもその方が助かるかなと思うし、あたしのリクエストは日々木さんと日野さんとの三人でのデートなので文句はない。


 あたしが喜びそうだからと最初の行き先は美術館で、そのあとコミックの専門店などを見て回った。

 アニメやマンガの雑談なら普段から普通にしているが、それ以外になると会話が続かなくなる。

 ふたりだと学校や親への愚痴を言い合ったりしているが、あたしとは意見が合わないことも多い。


「鬼滅終わってロスが……」とか「人権鯖ないから……」とかオタ話だけで終わるかと思っていた。


 それが地元に帰って別れ際に「これまでいろいろごめん」とふたりから謝られた。

 まったく予想していない事態にあたしは言葉が出て来ず、ふたりの顔をまじまじと見つめてしまった。


「面倒なことばかりやらせようとするうざい奴だって思って、意地でも協力しないみたいに考えていたこともあったし……」


「オタクならほっといてくれた方が良いって分かるはずなのに、ほっといてくれないオタクの裏切り者みたいに思ってたこともあったね」


 ひどい言われ様だけど、ふたりに反省する気持ちが籠もっているのは伝わってきた。


「ずっと最悪のクラスだって思ってきたけど、最近ちょっと、良いかなこのクラスもって……」


「日野さんから、すみれさんがいろいろとあたしたちのために考えたり行動したりしてくれたって聞いて……」


 反省する気持ちがあるからといって、明日から急に心を入れ替えて別人のようになるとは思わない。

 面倒事は嫌がるだろうし、オタ話以外は愚痴で占められるだろう。

 でも、報われたような気持ちがした。


「あたしも……いっぱい空回りしたし、うまくできないことがあった。こういう時に何て言ったらいいか分かんないけど、これからもっと仲良くできたらいいな」


 あたしが言葉を絞り出したのに、「すみれさん、泣きそう」と結愛さんはからかうように言った。


 ……空気読めよ! そんなだからオタクはコミュ力低いって言われるんだよ!


 湧き上がったそんな思いを封印し、あたしは苦笑を浮かべることしかできなかった。


 思い出し笑いというか苦笑いをして、あたしはまた絵の前へと向かった。

 大きく息を吐く。

 できあがった絵はいまさらどうこうできない。

 なら。

 気持ちを切り替えて次の絵を描けばいい。

 この絵はいまのあたしの到達点だ。

 技術的にも表現的にも。

 次はこれよりも少しでも良いものが描ければ。

 簡単ではないことは分かっているけど、これを越える絵を描きたいとあたしは強く思った。




††††† 登場人物紹介 †††††


高木すみれ・・・中学2年生。美術部所属で部長に就任予定。美術科高校への進学を希望している。


黎・・・すみれの叔母。黎はペンネーム。大手同人を主催している。


日野可恋・・・中学2年生。ファッションショーの仕掛け人。この二日間は疲れて自宅療養に充てた。


日々木陽稲・・・中学2年生。日曜日に純ちゃんとのご褒美デートを実行した。しかし、デートプランが横浜で買い物というざっくりしたものだったので、結局陽稲の買い物に純ちゃんが付き合ういつもの構図に。


森尾結愛・・・中学2年生。美術部員。少年マンガやBLは読むけど、少女マンガは好きじゃない。


伊東楓・・・中学2年生。美術部員。男性向け女性向け問わずかなりの数の深夜アニメをチェックしている。

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