第174.8話 令和元年10月27日(日)「文化祭の思い出4」和泉真樹
安藤先輩とはLINEでふたりだけのグループを作っていますが、わたしが毎日毎日話し掛けても、応えてくれるのは週に一度以下です。
それでも、わたしにとって安藤先輩は励みであり希望です。
滅多にお会いする機会はありませんが、ごくたまに返ってくる言葉にわたしは慰められていました。
安藤先輩のお友だちの日野さんから女性アスリート支援の活動のお話をお伺いした時に、文化祭でのファッションショーについてもお話を聞きました。
以前、わたしが東京でのファッションショーに興味を持っていたことを覚えていてくださったのです。
とても興味が湧きました。
安藤先輩やそのお友だちでアイドル以上の美しさを誇る日々木さんが登場するファッションショーなんてどれほど素敵なことでしょう。
しかし、中学1年生のわたしにとって神奈川は遠方です。
競泳の合宿などは親に送り迎えをしてもらいますが、わたしの我が儘で負担を掛けたくありません。
正直にその気持ちを伝えると、日野さんは
わたしと同じ中学1年生で空手をやっている方だそうです。
安藤先輩の中学校へ行ったこともあるそうで、わたしはその方に同行をお願いすることにしました。
何度か連絡は交わしていましたが、昨日初めて神瀬さんとお会いしました。
空手の中学生の全国大会で準優勝した方ですから相当お強いのでしょう。
気さくで情熱的な方でした。
日野さんのことをとても敬愛されているようで、電車の中では熱く語られていました。
あまりに気さくだったので、つい学校のことを相談してしまいました。
わたしはクラスの中で浮いた存在なのです。
わたしは競泳選手として世界を目指して頑張っています。
現在日本国内ではこの年代のトップスイマーとして評価されています。
しかし、学校ではわたしのような生徒は変わり者で異端なのです。
「そうなんだ。うちは体育会系の部活に力を入れている学校だからクラスの三分の一くらいはそういったメンツなんだよね。一般生徒との間に壁はあるけど、そこまでひどくないかな」
わたしが羨ましそうな顔をしたせいでしょう。
神瀬さんは「いつでも力になるよ」と言ってくれました。
安藤先輩の中学校の最寄り駅に着いたところでキャシーさんと出会いました。
東京でのファッションショーを見学した時に少しだけお話ししたことがあります。
神瀬さんとも顔見知りのようで、お二人は英語でお話しし始めました。
わたしも将来の海外留学に備え英会話には力を入れていますが、キャシーさんの英語は聞き取りにくいです。
キャシーさんもファッションショーの見学に向かうので一緒に行くことになりました。
彼女はお友だちの外国人の方をおふたり伴っていました。
小柄でまだ小学生のように見えるふたりです。
『おいくつなのですか?』と英語で話し掛けると、黒人の子が『わたしたちはG6』と答えました。
インターナショナルスクールで小学6年生に相当する年齢だと思います。
その後、カトリーヌという黒人の女の子はカタコトの日本語も交えながらわたしとお話ししてくれました。
一方、カトリーヌがリナと呼んだ白人の女の子は他人には興味がないようで、辺りの景色ばかりをキョロキョロ見ながら歩いていました。
到着した学校はいかにも公立の中学校という感じで、本当に普通に見えました。
こんなところに、安藤先輩や日々木さん、日野さんといった優れた方々が通っているなんてとても不思議です。
わたしたちは真っ直ぐに講堂に向かいます。
まだかなり早い時間だったので、講堂はガラガラでした。
わたしと神瀬さんは持って来たお弁当を食べようとしましたが、キャシーさんがお腹が空いたと騒ぎ始めました。
どうやら食べ物を何も持って来ていなかったようです。
神瀬さんが走り回って日野さんを呼び出してもらい、日野さんが自分と日々木さんのお弁当を提供してくれてなんとかなりました。
ふたりの外国人の少女を連れたキャシーさんを見た日野さんの第一声が『誘拐してきたんじゃないでしょうね』だったのは聞き間違いだと思います……。
日々木さんの高校生のお姉さんたちも加わり、大所帯でファッションショーの開幕を待ちました。
そこで繰り広げられたショーは、本当に素晴らしいものでした。
どうして普通の中学校でこんな素敵なものが作られるのでしょう。
安藤先輩の周囲には才能豊かな人たち、とても魅力的な人たちが集まっていることにあらためて驚きました。
本当に羨ましい限りです。
わたしの夢は競泳で世界の頂点に立つことですが、もうひとつの夢はアイドルになることです。
そんな浮ついた気持ちでは強くなれないとよく言われます。
それでも、わたしはその夢を見ることで苦しい練習に耐えられるのです。
居場所のない学校でも、夢があるからやっていけるのです。
美しく着飾り、キラキラと輝く自分の姿を思い描くことがわたしの力の源なのです。
そんなわたしにとって、手作りとは思えないようなこのファッションショーは衝撃でした。
わたしと一歳しか変わらない人たちがこれだけのものを作り上げたのです。
嫉妬と羨望の想いに胸が焼け焦げるようでした。
わたしは安藤先輩の黙々と練習に打ち込む姿を尊敬しています。
他の選手のように愚痴を零すこともなく、手を抜くこともしない姿に自分もそうなりたいと思ってきました。
他人を羨むなんていけないと思っていても、それでもいまのわたしは抑えられませんでした。
わたしの側では、顔を出してくださった日野さんが高校生の方たちと新たなファッションショーのことを話していました。
わたしはこみ上げる思いを口にしていいものか迷っていました。
その時、わたしの背が強く叩かれました。
振り返ると神瀬さんが笑顔でわたしを見ていました。
びっくりしましたが、とても強く背中を押されているように感じました。
わたしは勇気をもらい、口を開きます。
「わたしもその話に参加させていただけませんか?」
††††† 登場人物紹介 †††††
和泉真樹・・・中学1年生。東京在住の競泳選手。この年代では全国トップレベルを誇る。一方で、アイドルにも憧れている。
キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。東京のインターナショナルスクールに通うが、そこでも少し浮いた存在。7月に来日して以降、空手を学んでいる。
安藤純・・・中学2年生。競泳選手。最近は記録が伸び悩んでいるが、本人はあまり動じたところがない。
日々木陽稲・・・中学2年生。ファッションショーの衣装をコーディネートしてその才能を惜しげもなく見せつけた。
日野可恋・・・中学2年生。中高生の女性アスリート支援を目的としたNPOの立ち上げに動いている。
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