第153話 令和元年10月6日(日)「世界の違い」千草春菜

「そのアクセサリー、素敵ですね」


 松田さんのその一言で、それまでも上機嫌だった日々木さんがとろけるような笑顔を見せた。

 見ているこちらまで微笑んでしまうほど、その笑顔は魅力に溢れている。


「昨日ね、可恋に買ってもらったの」


 喜びに満ちた声に、妬くのもバカらしくなってくる。

 彼女を除く三人は、思わず顔を見合わせ苦笑する。


「ユニークなデザインですね。何をモチーフにしているんでしょう?」と高木さんが興味を示し、「見たことのないタイプのものですね。どういったものなのですか?」と松田さんも詳しく話を聞こうとした。


 日々木さんは質問に嬉しそうに答えている。

 今日の日々木さんは黄色と赤の混ざり合ったリボンをしていて、そこにアクセントとしてアクセサリーを飾っている。

 よく似合っていてとても印象的だが、同時に誰が見てもすぐに気が付く飾り方でもある。

 見せびらかしたいという日々木さんの気持ちが強く表れている。

 示したいのは、この珍しいアクセサリーなのか、日野さんにもらったという事実なのか。

 きっと両方なんだろうな。


 今日は残り三週間を切った文化祭の準備のために集まっている。

 場所は日野さんのマンションだ。

 日野さんは出迎えだけしてくれて、その後はさっさと自分の部屋に引き籠もった。

 彼女は主に男子の準備の進み具合を管理していて、舞台作りや音楽、照明など順調に進捗しているらしい。

 女子もウォーキングの練習などは日野さんが主導しているので、これ以上彼女の負担を増やさないようにしようという思いがあった。


 文化祭のファッションショーで着る服は基本女子の全員が持ち寄った中から日々木さんがコーディネートすることになっている。

 体型等の問題でいいものがなかった場合は、レンタルを利用したり、借りる相手を広げて探したりする予定だ。

 服の保管場所として学校のすぐそばにある日野さんの自宅を使わせてもらうことになった。

 今日は今後の話し合いも兼ねて、日々木さん、私、松田さん、高木さんが集まり、服も持ち寄ることにした。


 私も一応女子なので余所行きの服は持っている。

 ほとんど着ないので、サイズが怪しい服もあるが、私が着るとは限らないのでそういう服を中心に何着か持って来た。

 正直、デートに着ていく服という感じではないが、日々木さんがバリエーションを増やして欲しいとリクエストしたのでこれでいいかと思った。

 デート衣装という基準だけだと、私のように持って行く服がない人が他にもいるかもしれないので、おそらくそれを考慮してのリクエストなのだろう。


 高木さんは私と同じくらいの服の枚数だが、松田さんは大きなスーツケースに詰め込んで持って来ている。

 運動会前の合宿で私たちは松田さんの自宅に泊まった。

 その時に彼女が持っている服の数々を見せてもらった。

 日々木さんがその時に興味を持ったものを中心に持参したと松田さんは説明する。


 お金持ちだとは聞いていたが、松田さんのクローゼットの大きさと、そこに収められた服の量と質は圧倒的なものだった。

 ファッションにそれほど関心がない私でもワクワクするほどで、ある意味女の子の夢を実現したようなキラキラ感だ。

 しかし、聞くところによると、日々木さんのクローゼットはそれ以上らしい。

 普通の中学生では想像のつかない世界がこんな身近にあると思い知らされた。

 松田さんもこの広い日野さん家のリビングに足を踏み入れて、眉一つ動かさなかったのだから、住む世界が違う人種なんだろう。


 服の管理は、汚れなどがないか目で見て確認し、所有者の名前とナンバーがついたタグを付けていく。

 それを写真に撮り、日々木さんのノートパソコンでデータベースにする。

 撮影役は高木さんが受け持ち、日々木さんは受け取ったデータをパソコンに取り込んでいく役目だ。

 私はバックアップとしてノートに記録を付けていく。


「これは渡瀬さんに似合いそう」とか「高木さん、これちょっと着てみて」とか日々木さんが楽しげにお喋りするのを聞きながらの作業だ。


 意外と大変だけど、服に囲まれ華やかな感じがする。


「あのぅ……、丈は合っていると思うんですが、これで歩くとウェストが……」と衝立の向こうで着替えて来た高木さんが表情を曇らせた。


 日々木さんの顔も曇り、下から睨むように高木さんを見上げた。


「ダイエットが必要かなあ」


「高木さんはそんなに太ってないよね。むしろ、松田さんが細すぎなんじゃ」


 日々木さんの言葉に慌てて私がフォローを入れる。

 文化祭までの残りわずかな期間にダイエット指令が飛び交ったら大変なことになってしまいそうだ。


「松田さん、ちょっと脱いでみて」と日々木さんが本当に何気ない口調で言った。


「え、そ、それは……」


 当然、松田さんは焦って口籠もる。

 顔もサッと赤く染まっている。

 そりゃ、脱いでなんて言われたら驚くよ。


「日々木さんって、羞恥心が……、というか、他人に見られることをあまり気にしませんよね」と高木さんがそう言って、右手の人差し指で自分の頬を掻いた。


「女の子同士じゃない」と日々木さんは平然と言い放つが、周りの空気を察して、「ウェスト測るだけだから」と言って衝立の向こうに松田さんを連れて行った。


 日々木さんくらいの美少女になると、こうした感覚が他人と違っても当然だろうと思ってしまう。

 松田さんも相当の美少女なんだけど、日本人離れしている日々木さんは別格だ。

 こうしていま一緒にいることが不思議に感じるほど、私とはかけ離れた世界を生きているのではないか。


 測って戻って来た日々木さんは松田さんのウェストのサイズを公表する。

 それを聞いて、高木さんは「細ッ!」と呻き声を上げた。

 ちょっと信じられないような数字で、私も衝撃を受けた。


「他の人は着られないものも多いんじゃ」と私は呟く。


 合宿の夕食会の時のようにパーティドレスならそこまでウェストの問題は出て来ないが、今日持って来てもらった服だとサイズが影響しそうなものが少なからずある。


「服のウェストサイズも記録しておきましょう」と高木さんが提案し、全員が頷いた。


 新たな作業に没頭していると、「ダイエットどうしよう?」と日々木さんが口にした。

 ダイエットの経験がなさそうな松田さんは、「いまから頑張れば間に合うでしょうか」と疑問を呈した。

 私もダイエットの経験はない。

 首を捻りながら、「広告だと『二週間でこれだけ痩せた』みたいなものもあるから、時間はあるんじゃないかな」と答える。


「……ダイエットは止めた方がいいと思います」と小声で反論したのは高木さんだ。


 三人の視線が高木さんに集まる。

 それにオロオロとしながらも、「太りすぎの人がダイエットするのはいいですが、太っていない人が松田さんのウェストサイズを目指してダイエットするのは健康に良くないと思うんです」と高木さんはハッキリと主張した。


「確かにね。この件は高木さんの意見を添えて日野さんに相談するってことでいいかな?」と私がまとめると、みんな頷いた。


 今日の作業が終わってから、私と高木さんのウェストサイズを計測することになった。

 私は今日は身体にフィットしたジーンズを穿いてきたので、別の日にして欲しいと言ったのに、日々木さんに「どうして?」と言われてしまう。

 彼女の無垢な瞳の前で、「恥ずかしいから」と口に出すことは私にはできなかった。


「絶対にサイズは秘密でお願いします!」と叫んでいた高木さんに続いて、私も日々木さんに測られる。


 ジーンズの腰のところを下げると、嫌でも下着が見えてしまう。

 顔や手ならまだしも、普段見せることのない肌をさらすだけでも抵抗があるのに、下着まで見られるなんて卒倒ものだ。

 でも、日々木さんはブティックの店員さんのようにまったく気にせず、私の腰にメジャーを当てる。


「日野さんのウェストも測ったことあるの?」と聞くと、日々木さんは「あるよ」と答えた。


「緊張したり、恥ずかしかったりしなかった?」と続けて聞くと、「え、なんで?」と日々木さんは不思議そうな顔をした。


 彼女にとってファッションに関することは特別なんだと思うと、私の緊張はほんの少し和らいだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


千草春菜・・・2年1組。普通の優等生。周りから刺激を受けて頑張っているが、このクラスは凄い人が多すぎると感じている。


日々木陽稲・・・2年1組。桜庭さんから世界のどこへ行っても美少女認定されるよと言われた世界レベルの美少女。


松田美咲・・・2年1組。資産家の娘。可恋がお墨付きを与えるほどの本物のお嬢様。


高木すみれ・・・2年1組。ただのオタクに見えて、マンガの作画の腕は一流。ただし、黎さん曰く、まだまだ上はいっぱいいるとのこと。


日野可恋・・・2年1組。普通の人の3倍の速度で学習するチート級中学生。ダイエットの話を聞いて、高木さん以外には「常識不足」とお灸を据えた。

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